| Profiel van Yamano★★★「26歳」からのプロサッカー人生!不可能を...Foto'sWeblogLijsten | Help |
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30 mei 『韓国・釜山旅行編 ~その3~』 また一歩、成長した…。また一歩、『夢』の実現に近付いた…。 2007年4月27日(金)
「韓国・釜山旅行・3日目」
「Yoji…。」
安英学のマネジャーから、声をかけられます。実は、僕の「どうしても今、韓国でサッカーの練習がしたい!!少しでも良いから成長して、日本に帰りたい!!」…という強い気持ちが安のマネージャーに伝わり、「釜山アイパーク」側と、いろいろ交渉を進めていてくれたのです。
☆安のマネージャー 「チームと話をした。明日、釜山アイパークのジュニアユースチームの練習が行なわれるから、GKコーチをしてくれとのことだ。その時、グランドを使って、練習しても良いとのことだ。チーム側から、許可を得てきた…。」
!!!!!!!!!!
よっしゃーーーーーー!!!!!
「ジュニアユースチームのGKコーチ」…という、全く予想外の展開ではありましたが、それは凄く良い経験になるし、さらには「釜山アイパークの練習場を使って、トレーニングしても良い。」…という話までもらいました!!何はともあれ、「韓国でサッカーする!!」…という願いは叶えられたのです!!強い気持ちがあれば、願いは実現するのです!!
練習、1時間前…。
「釜山アイパーク」クラブハウスの安部屋にて、準備を整えます。僕の「戦闘服=GK服」に着替えます……が、その時、安の部屋に居た、イ・カンジン君、安のマネージャーの目が「点」になりました…。
僕の「戦闘服=GK服」は、ジャマイカやホンジュラスでもらった代物です。各国、各大陸の劣悪な環境を潜り抜けてきた僕の「戦闘服=GK服」は、正にボロボロのズタボロ!!無数の傷跡が残っていたのです。特にGKパンツは、「尻の穴」の部分にまで「つぎはぎ」が付いており(笑)、それを見た、イ・カンジン君と安のマネージャーが、あまりの衝撃に、目が「点」になったというわけです(笑)。やはり、恵まれた環境の中で育った人間には、あまりにも刺激が強過ぎたようです(笑)。
僕としては、「つぎはぎ=誇り高き勲章」…なのですが(笑)、やはり…というか当然、「釜山アイパーク」の練習場で練習するからには、そんなみっともない格好ではいけません。そこで急遽、安のマネージャーがクラブハウスを探し回り、「釜山アイパーク」所属のGKから、GKパンツ、GKグローブ(2つ)、新品のソックス(2つ)…を入手してきてくれました。ラッキー!!(笑) 新品の、こんな良い道具を使って練習するのは、久しぶりです(笑)。 モチベーションが、さらに高まります!!(笑)
※こちらは、昔、安が新潟に居た時にもらった、アルビレックス新潟のスパッツです。昨年、その役目を全うし、ホンジュラスにて、惜しまれつつも成仏しました(笑)。4年間使い続けました。今回、釜山で使おうとしていた「戦闘服=GK服」も、これに匹敵するほどの気合が入った代物でした(笑)。…が、当然ながら、その使用には「ストップ」がかかってしまったのです(涙)。
さあ、新品の「戦闘服=GK服(&GKグローブ)」を身にまとい、いよいよ「釜山アイパーク」の練習場に、殴り込みをかけます!!!
練習開始じゃ!!!!!
※ついに踏み入れた「釜山アイパーク」の練習場!!安のマネージャーと共に、練習開始です!! ちなみに、以下の「練習風景」の撮影は、全て、安英学です。なかなかの腕前!?(笑)
※こんな良いGKグローブで練習するのは、久しぶりじゃー!!(笑) 嬉しい!!
※安のマネージャーの強烈なシュートを受ける、Yoji &それを後ろから見つめる、「釜山アイパーク」ジュニアユースチーム選手の後姿!!
※まだまだまだーーー!!!お前の力はそんなものかーー!!(笑) もっともっとシュート打ってこーーーーーーいっ!!!
※キック練習。こんな素晴らしい環境の中でサッカーできるなんて、何て「幸せ」なことなんじゃ…。後ろの子供達は、その「ありがたみ」が分かっているのかな??
※ここまで完璧なカメラワークを見せていた安英学ですが、ここにきて一瞬の気の緩みか…!?僕の頭が切れてます(笑)。ギャー!!(涙) カルメンばりのカメラワークです(←分かるかなこのネタ?)
※今度はエエ感じで撮れてます(笑)。
※「ジュニアユースチームのGKコーチ」も、ちゃんと行ないました。やっぱ子供はカワイイですね!!(ちなみにコーチの際の「通訳」は、安英学。)
※練習終了…。もっともっともーーっと、練習したかった!!!
※安英学撮影…。気分はプロのカメラマン!?(笑)
2004年に新潟に行った時も、その目的の半分は、「安のシュートを受ける。」でした。しかし、その時も安はバリバリのシーズン中で、なかなかその機会は訪れませんでした。結局、約2ヶ月間、新潟に居て、安のシュートが受けれたのは、わずかに「2回(2日間)」でした。…しかし、その「2回」が、今でも僕の心の中で、強烈なインパクトとして残っているのです。
「2回」とも、天候は良くありませんでした。雨が降っていました。あの時、新潟は冬でしたから、雨が降って相当、寒かったのを覚えています。しかし、そんな中でも安は、「魂」を込めて、シュートを打ってくれました。僕も「魂」を込めてシュートを受けました。久しぶりに受ける、安のシュート…。これが、プロになった安のシュート…。「言葉」は必要ありません。ただ、安はシュートを打ち、僕はそれを受ける……しかし、それだけで、お互いの心が通じ合うのです。僕は、安の放つ1本1本のシュートから、安の「魂」を、そして無言の「メッセージ」を受け取りました。
練習後、安から「最後の方はフラフラだった。魂でシュートを打った。」と言われました。あの無尽蔵のスタミナを誇る安英学が、「フラフラだった…。」と言うくらい、「魂」を込めてシュートを打ってくれたのです。いかに壮絶な練習だったか、想像していただけるかと思います。
練習後、安と共に温泉に入りました。その時の気持ち良さは、おそらく僕の「温泉人生」の中でもダントツで1位でしょう。新潟の寒い冬の、冷たい雨に打たれながら、「魂」を込めて、最高に充実した練習をした後の、温かい温泉…。「かぁーーーー!!たまらん!!最高じゃ!!これ以上の幸せは無いわい!!」…お互い、満面の笑みを浮かべて吼えたのを憶えています。
今回、「安のシュートを受けること」…は、実現しませんでした。しかし、安のマネージャーが「魂」を込めて僕のためにシュートを打ってくれました。「釜山アイパーク」は、僕に練習場の使用を認めてくれ、さらには、「ジュニアユースチームのGKコーチ」という、大変、貴重な経験までさせてくれました。
僕は、転んでも、ただでは起き上がりません。
旅行に行っても、ただでは帰りません。
必ずそこで、一歩でも半歩でも自分を成長させ、少しでも『夢』の実現に近付けます。そのための「アンテナ」は、常にはっています。「笑顔」で「楽しみ」ながら…。
2007年4月27日(金)
「韓国・釜山旅行・3日目」
…この日、僕は、また一歩、成長することができました。
また一歩、『夢』の実現に近付きました。
安英学のシュートを、今度は公式戦の大舞台のピッチの上で受ける……。
その日はもう、目の前です…。
※「1日カメラマン」兼「通訳」安英学と(笑)、Yoji。僕が着ているシャツは、「ホンジュラス代表」のシャツです。僕は「ジャマイカ挑戦」の際も、この「ホンジュラス代表」シャツをGKユニフォームの下に着てプレーしました。僕は、日本人としての「誇り」はもちろんのこと、ホンジュラスでプロサッカー選手になった者としての「誇り」…そして、そのホンジュラスに対する「感謝」と「恩返し」の気持ちを常にもって、プレーしています。このシャツを着てプレーすると、底知れぬパワーが湧き上がってくるのです…。
つづく
23 mei 『韓国・釜山旅行編 ~その2~』 渡れ!日韓友好の「架け橋」!! 進入!! 釜山アイパーク!!! 2007年4月25日(水)
この日、僕は、高校の修学旅行以来、実に「11年ぶり」、2度目の「釜山上陸」を果たしました。そして、「2年半」ぶりの再会を果たした安英学から、魂の「帰国祝いプレゼント」を受け取ったYoji…。「韓国・釜山旅行」は、正に「感動」のスタートを切りました!!
2007年4月26日(木)
「韓国・釜山旅行・2日目」
安は現在、バリバリのシーズン中であり、当然、毎日、所属チーム「釜山アイパーク」の練習が行なわれる日々です。そんな中、僕も安に帯同し、「釜山アイパーク」の練習場、クラブハウスに「進入」することとなりました。
※「釜山アイパーク」練習風景。手前が安です。この日はクラブハウス敷地内の公園でフィジカルトレーニングのみ!!
「進入」とは言っても、ここは厳格なるプロの世界…。「部外者」が、簡単に出入りできる場所ではありません。…少なくとも、日本ではそのはずです。しかし僕は、予想外にも、いとも簡単に「釜山アイパーク」の練習場、クラブハウスに進入することに成功しました!!!
※これが「釜山アイパーク」のクラブハウスじゃ!!
※ちなみにこれは、ジャマイカ最強チームの1つ、「ポートモア・ユナイテッド(←現役ジャマイカ代表選手多数所属)」のクラブハウスじゃ!!…この違いは一体…??(笑) やはり、日本も韓国も、むちゃくちゃ恵まれた環境の中でサッカーしてますよね。世界には、実力はあってもお金が無いから、こういう環境の中で、それでも明るく、逞しくプレーしている選手が、たくさん居るんです!!
僕は当初、
「反日感情のある韓国では、日本人である僕は、受け入れられないかもしれない…。」
と心配していましたが、それも杞憂に終わりました。
安と共に「釜山アイパーク」のクラブハウスに入ります。当然、クラブハウスの中には、安のチームメイトの韓国人選手やコーチ、その他スタッフがたくさん居ました。僕は物怖じせず、中国留学時代に、韓国人留学生との交流で覚えた片言の韓国語で、コミュニケーションを図りました。
Yoji 「アンニョンハセヨ!!!」
「笑顔」でみんなに挨拶します。すると、「釜山アイパーク」の韓国人選手、コーチ、スタッフ…全ての人が、「笑顔」で応えてくれたのです。それどころか、凄く丁寧かつ謙虚な態度で、僕を歓迎してくれました。
もちろん、「安英学の友達だから、みんな良くしてくれた」…というのは、当然あったと思います。実際、安はチームの選手、コーチ、スタッフ…会う人1人1人に、「大学サッカー部時代のチームメイトで、現在、ホンジュラスのプロサッカーチームでプレーしているYojiです…。」と紹介してくれましたが、それを差し引いても、いきなりやって来た、どこの馬の骨かも分からない…しかも、日頃、あまり良く思っていないであろう「日本人」である僕に対して、こんなにも親切に接してくれたことに、言葉では言い表せないほどの感謝の気持ちが湧いてくると同時に、本当に嬉しかったし、感動しました。
…すっかり「釜山アイパーク」のみんなと仲良くなったYojiは、クラブハウスでインターネットをさせてもらったり、風呂に入らせてもらったり、しまいには部屋で昼寝までさせてもらうなど、正に「やりたい放題」…させてもらいました(笑)。さらには、クラブハウス内にある、関係者専用の食堂で、安と共に、昼食もとらせてもらいました!!
…このクラブハウスの昼食が、また凄い!!!何と昼から、「しゃぶしゃぶ」です(笑)。1つ1つのテーブルに鍋が置いてあり、僕は安と共に食べました。普通、クラブハウスの中で、しかも昼から、「しゃぶしゃぶ」を食べるでしょうか?(笑) 「しゃぶしゃぶ」以外にも、スタミナが付きそうな料理がズラリ…。韓国人選手がどうしてあんなにも超人的な体力があるのか…その謎が解けたような気がしました。 …そうこうしてると、韓国人コーチがこっちにやって来て、「もっと食べろ!」と、野菜のみ置いていってくれました(笑)。 そして最後に僕に対して…「お金、払えよ!」とジョーク(?)をかまし、不適な笑みを浮かべながら去って行きました(笑)。
この食堂の中でも一番、目立っていたのは、何と言っても「釜山アイパーク」の監督です。残念ながら名前は忘れてしまいましたが(笑)、スイス人監督で、この人がまた、おもろいキャラなのです。彼は英語が話せるので、直接、コミュニケーションを取ることができました。アメリカ、イングランド、ジャマイカなどで英語を使って生活してきた経験が、こんなところでも生きるもんなんですね!
このスイス人監督、とにかく、明るいんです。「コミュニケーション」というものを、本当に大事にしています。僕のような、突然やって来た「部外者」に対しても、こっちから英語で挨拶したら凄く喜んでくれ、いろいろ積極的にコミュニケーションを取ってくれました。
☆スイス人監督 「お前ら(安とYoji)、まだご飯食べてるのか!?本当に食べるの遅いな!!」
★Yoji 「はい…。実は僕達、大学時代から、サッカー部内でも、食べるのが一番、遅かったんですよ(笑)」
☆スイス人監督 「がはっは!!そうかそうか!!実はヨンハ(安のことです)は、遠征に行った時も、一番、食べるのが遅くてな(笑)。まあ、お前らは、食べながら話すから、余計に遅いんだろうな!!がははは!!」
★Yoji 「それも大学時代のコーチに言われました(笑)。けど、僕的には、ご飯の時にコミュニケーションを取るのも大事だと思うんです。せっかくだから、楽しい時間を過ごしたいなと…。」
☆スイス人監督 「なるほどな。…ん!? あと1つ、どうしてお前らが食べるのが遅いか、発見したぞ…。ふふふ…。」
★Yoji 「え!?何ですか!?教えて下さい!?」
☆スイス人監督 「お前ら話すのも多いが、話しながら食べてるから、たくさん、ご飯を下にこぼしてるぞ!!こぼしたご飯をまた拾って食べてるから、さらに2倍、食べるのが遅くなるんだ!!!がははっはは!!!」
…と、まあ、こんな感じです(笑)。ちなみに、もちろん、こぼしたご飯は拾って食べません(笑)。このスイス人監督の凄いところは、他の、英語が話せない韓国人選手達に対しても、気にせず、どんどん英語で話しかけていくところです(笑)。英語が話せないから、監督に話かけられてもうまく応えられない韓国人選手が多いのに、通訳も介さず、どんどん英語で話しかけていきます(笑)。けど、こういう、誰にも「壁」を作らず、コミュニケーションを大事にする監督は、自分的には凄く良いな~と思いました。
※「釜山アイパーク」の練習試合を見学。キレイに手入れされた、素晴らしいピッチ状態…。やはり、環境面は本当に恵まれています。
※ちなみにこれは、ホンジュラスのとある田舎町のサッカー場です。1度ここで練習試合を行いました。…この違いは一体…??(笑) 高地で酸素が薄い上に、フィールドはボロボロ、ゴミだらけ、馬・牛・犬が乱入しているのに加え、若干、斜めに傾いております(笑)。 同じプロでも、こんなに差があるのです。けど、この環境の中だからこそ身に付いたものも多かったので、「不幸」だとは思いませんでした。むしろ「幸せ」でした!!!
夜には、2年前まで、当時J1の「東京V1969」で活躍していて、現在、安と同じ「釜山アイパーク」でプレーしている韓国人DF…イ・カンジン君と、安と、僕の3人で、超美味しい韓国料理屋で、焼肉を食べました!!!
※こちらが、「ホン・ミョンボⅡ世」の異名をとる(らしい)、イ・カンジン君です(もちろん左側)。2年間、Jリーグでプレーしていたので、日本語が話せます。韓流スターもそうだけど、韓国人は、異国でその国の言語を身に付けるのが本当に早いと思います。感心します!イ・カンジン君もおもろくて、エエ奴でした!!
※これが本場韓国の韓国料理じゃーーーー!!!!!めっちゃ美味い!!!!!
※本場の「ユッケ」じゃーー!!!たまらん!!!
※右下に注目!!生きた「アワビ」を、そのまま焼きます!!これがまた、マシッソヨ!!!
※これぞ韓流!!ハサミで肉を切ります!!
※超美味しい韓国料理を前に、安とイ・カンジン君も「幸せ」そう!?(イ・カンジン君は、あまりの美味さに感動して、魂が抜けてます((笑)))
…こうして、「韓国・釜山旅行・2日目」も、一生の思い出に残る、最高の時間を過ごすことができました。
安は、日本に居た時から、僕に「架け橋」をつくってくれました。大学時代は、たくさんの在日朝鮮人の友達を紹介してくれ、「日本人」である僕を、快くその輪の中に入れてくれました。新潟に居た時には、新潟の在日朝鮮人の学校に連れて行ってくれ、在日の子供達と共に、ボールを蹴って遊びました。新潟在住の在日朝鮮人の方々の忘年会にも、「日本人」で唯一、参加させてもらいました。安が「架け橋」をつくってくれ、僕がその「架け橋」を渡る…。そして、同じ釜の飯を食って、文化交流してきました。(よく考えてみれば、中国、アメリカ、イングランド、ホンジュラス、ジャマイカ、パナマ…と、いろんな国の「架け橋」を渡ってきました…。本当に、「ありがたい」し、「幸せ」なことです!!)
今回も同様です。始めは正直、「韓国人は反日感情があるらしいから、毛嫌いされるかもしれない…。」と、若干、心配していましたが、「釜山アイパーク」の選手、コーチ、スタッフ方はもちろん、街で会う人会う人、みんなが、本当に親切にしてくれました。
もちろん、日韓両国の間に存在する問題は、そんなに簡単なものではありませんが、安が日韓友好の「架け橋」をつくってくれたおかげで…、そして、その「架け橋」を僕が渡ったことにより、少なくとも、「個人対個人」の間では、日韓の友好が成立することを学びました。
とにかく、「釜山アイパーク」のみなさんには、心から感謝の気持ちを捧げたいです。 カムサハンニダ!!!(涙)
※クラブハウスで生活する、「釜山アイパーク」のマスコット犬です。近くで見ると目がリアルで、若干、怖かったです(笑)。
「韓国・釜山旅行」……「旅行」なので思いっきり「楽しむ」のはもちろんのこと、僕は常に、どこに居ても、自分が「成長」もしくは「ステップアップ」できるチャンスを探すアンテナをはっています。それは韓国においても、同じです。聞くところによると、「Kリーグ」は外国人GKが参加できないルールがあるらしいのですが、それなら、「現在、Kリーグでバリバリ活躍している、安英学のシュートだけでも受けてやろう!!」…と思い、バッグにサッカー用具をちゃんと入れて持って来ていました。…って言うか、今回の「韓国・釜山旅行」の目的の半分は、「安のシュートを受ける。」だったと言っても、過言ではなかったのです。韓国にお金を払って行ってでも、ホンジュラスでプロになって「成長」した自分で、安のシュートを受けたかった…。
また、「釜山アイパーク」の練習を目の当たりにしたことで、僕の「サッカーしたい!練習したい!」…という欲求は頂点に達しました。僕は本当にサッカーが大好きなんです!!世界のどこでも、サッカーをします(笑)。
…ところが安はバリバリのシーズン中です。ハードな練習、そして週2試合の過酷な連戦が続く状況下で、疲労が溜まる中、無理して僕のためにシュートを打たせるわけにはいきません。それによって安が怪我でもしてしまっては大変です。…しかし、何とかして、韓国でサッカーして帰りたい…。真剣な練習がしたい…。一歩でも二歩でも…少しでも自分を「成長」させて、日本に帰りたい…。
この僕の願いは、叶うのでしょうか…???
焦らすわけではないのですが、長くなってしまったので、続きは次回にさせていただきます…。ブログを書くには、膨大なる「エネルギー」と「時間」が必要なのです…。ご了承下さいまし!!
では、また!!! 14 mei 『韓国・釜山旅行編 ~その1~』 感動の再会!! 3年前の再現…安から「魂」の「帰国祝いプレゼント」…。 こうして電撃的に、安が居る、「韓国・釜山」へ旅行に行くことが決定しました。期間は、「1週間」。
実は、広島の近くの福岡「博多港」から、「釜山行き」の船が出ており、しかも船だと、「往復12000円弱」で済むため、船で釜山に乗り込むことになりました!!!
さらには、博多港の近くには、大学時代の「親友K」が住んでおり、彼とも「約5年ぶり」の再会を果たせることになりました!!!丁度、親友KがOFFの時に、タイミング良く僕が釜山に行くことになったので、今回の「再会」が奇跡的に実現したのです…。「苦しかった3ヶ月間」からは想像できないほど、ことごとく噛み合う、「流れ」と「タイミング」です!!!
2007年4月24日(火)
まず、広島から新幹線で北九州・小倉に行き、大学時代の親友Kと、約5年ぶりの再会を果たしました。この5年間は、僕が海外に居たこともあって、なかなか親友Kと会うことができませんでしたが、この日、ついに、「感動の再会」が実現したのです…。5年ぶりに会って語り、一緒に飯を食い、温泉に行き…素晴らしい時間が過ごせました!!!(涙)
そして親友Kとは、2人でボールも蹴りました。親友Kは大学時代、サッカー部ではありませんでしたが、僕は彼と一緒にボールを蹴ることで、この5年間で成長した自分(特にホンジュラスで成長した自分)を、彼にも見てもらいたかったのです…。時間が経つのも忘れて、ひたすら、ボールを蹴りました。3時間くらいは蹴ったでしょうか…。ただボールを蹴るだけで、深い「幸せ」を感じることができる…。ただボールを蹴るだけで、親友との「友情」を再確認できる…。サッカーとは、何て素晴らしいのでしょう!!!!!
「釜山行き」の船は、翌日なので、この日は、親友Kの家に泊めさせてもらいました。親友Kとは大学時代、同じ下宿に住んでいました。何だかその時のことを思い出し、凄く懐かしい思いがしました…。
※親友Kと共に夕食を食べる、Yoji…。美味い!!!
2007年4月25日(水)
親友Kの家を離れ、ついに「釜山行き」の船に乗り込む日がやってきました。…ここで改めて、親友Kには「感謝」の気持ちを捧げたいと思います。今回、親友Kと5年ぶりの再会を果たしたことで、僕はたくさんの「エネルギー」「勇気」「幸せ」…を得ました。「次なる挑戦」に向けて、また1つ、成長することができました。この恩は、「次なる挑戦」で最高の結果を出すことによって返します…。必ず!!! 本当にありがとう、親友K!!!
…親友Kの家を出発してから、約1時間半…。ついに、「博多港」に到着しました。いよいよ、「釜山行き」の船に乗り込みます!!!
「船で海外に行く。」…なんて、初めて「中国・天津」に船で3日間かけて行った、2002年9月以来、「約4年半ぶり」です。当時は、中国・天津留学のため、右も左も分からない状態で、壮大なる「夢」と、大きな「不安」に包まれ、覚悟を決めて「天津行き」の船に乗り込んだものです…。この日、「釜山行き」の船に乗り込む際は、当時の心境などをいろいろ思い出しました。あれから早4年半……現在…ホンジュラスで「プロサッカー選手」にもなり、当時、思い描いていた「壮大なる『夢』」に、着実に近付いている自分がいる……今回、船で韓国に行ったことで、そのことを再確認しました…。そして、現在の自分がどれだけ「幸せ」かも、再確認しました…。感謝、感謝、感謝…。
※さあ、安の待つ「韓国・釜山」に向けて、出発します!!! 離れ行く、博多港…。
※船の中は、こんな感じです。レストラン、カラオケ、大浴場…何でも揃ってます!!!「空の旅」「地上の旅」とは、また一味違った、素晴らしい体験が、「海の旅」ではできます!!!これで「往復12000円弱」は安い!!!
※釜山を目指して、船、爆走中!!!!!
そして…。
博多港を出発してから、およそ6時間…。
ついに、「釜山港」に到着です!!!!!
※船から見える、釜山の美しい景色…。
実は、釜山に来るのは、これが初めてではありません。1996年…今から約11年前、高校の修学旅行で、1度、釜山に来たことがあったのです!!その時も、「船」でした。奇しくも、安が現在、釜山でプレーしていることで、11年ぶりに、釜山に再上陸する機会がやってきた…。本当に「縁」って不思議じゃ…。何だか、感慨深いものがありました。
※入国審査も無事終了!!!これが、「釜山港」です!!!
※釜山港の看板。
現在、夕方18時半…。
実はこの日、19時半から、安の所属する「釜山アイパーク」の試合が、釜山の「アシアド競技場」で行なわれるのです!!もちろん、安も出場します!!…というわけで、釜山港に着いてからはソッコウでタクシーに乗り込み、「アシアド競技場」に向かいました!!
※タクシー爆走中!!!「11年前」に修学旅行で釜山に来たことがあるとは言え、残念ながら、当時の記憶はほとんど残っていません…。釜山の街並み…きっと、だいぶ変わったんじゃろうな~…。
タクシーの運転手は、韓国語しかしゃべれません。僕は、韓国語がしゃべれません。だから、コミュニケーションを取るのが凄く難しい…。どうにかこうにか行き先を伝え、どこにあるかも分からない「アシアド競技場」に向かいます…。ん~…、こういうのは、久しぶりじゃ!!!これも、「異国の旅」の醍醐味です!!!
…タクシーが爆走すること…何分か分かりません(笑)。
ようやく、安の試合が行なわれる、「アシアド競技場」に到着しました!!ギリギリ、キックオフに間に合ったー!!セーフ!!
※キックオフ直前!!どうにか間に合ったぞ!!「アシアド競技場」にて…。「2002年日韓W杯」でも使用されたというスタジアムですが…、観客のあまりの少なさが気になります。韓国は代表の試合は物凄く観客が入るのに…何で「Kリーグ」の試合はあまり観客が入らんのじゃろう???
※「釜山アイパーク」のマスコット犬。カワイイ!!!
安はどこじゃ~~…???
あっ!!!???
※安の巨大ユニフォーム発見!!!!!(「17番」が安の巨大ユニフォームです。ちなみに、安は2002年にプロ入りしてから、これまでの5年半、ずーーーっと「17番」一筋です。)
そして、この日の試合のスタメン発表…。電光掲示板に、次々、映し出される、「釜山アイパーク」選手の映像…。
あっ!!!!!!!!!
※電光掲示板に映し出される、安の映像!!!!!(若干、画像がボケてますが…。)
やっぱり「スタメン」、安英学!!!実は安、今季ここまで「全試合スタメン出場」らしいです。さすがじゃ、安!!!(涙)
そして、選手入場…。
※赤いユニフォームが、安の所属する「釜山アイパーク」です。
両チーム選手全員が、試合前に握手を交わします。
ズーーーーーーーーーム(←カメラ)!!!!!
※当然ながら、堂々と握手を交わす、安英学!!!(「釜山アイパーク」の後列3番目です。)
※試合前の集合写真。最後列、左から6番目が、安です!!!それにしても、この子供の数…観客より多いんじゃないの!?(笑)
さあ、いよいよキックオフ!!!!!
※スタジアムで、記念撮影。
久々(約3年ぶり)に生で見る、安の勇士!!!しかも、「異国の地」で…。今、こうして安が「スタメン」で出場して、晴れ姿を見せてくれている…僕としては、もう、それだけでも充分、嬉しいことなのです…。
しかし…。
「ドラマ」は、これだけでは終わりませんでした…。
試合は、安の所属する「釜山アイパーク」が1人退場者を出し、ホームながらも、苦しい展開を強いられていました。
そんな中、「0-0」で迎えた後半…。
相手陣内で得た、「釜山アイパーク」のFK…。
ゴール前に蹴り込まれる、FK!!!
そこに飛び込んだのは………
安英学!!!!!
ドンピシャのタイミングで捉えたヘディングシュートは、そのまま相手ゴール左隅に突き刺さります!!!!!
ゴーーーーーーーール!!!!!!!!!!!!
安英学、見事、先制ゴールをゲット!!!!!
そして、試合はこのまま終了!!!「釜山アイパーク」が、退場者を出し1人少ない苦しい状況の中、安の先制ゴールを守りきり、「1-0」で勝利しました!!!
※韓国のピッチでも躍動する、「17番」、安英学!!!!!
安なら、「何かをやってくれるじゃろう。」とは思っていました。しかし、まさか「またもや」ゴールを決めるとは、思ってもみませんでした。
そう、「またもや」…。
実は、以前の記事(2005年11月16日「久々の故郷は…。」http://cyancyakorin.spaces.live.com/?_c11_BlogPart_BlogPart=blogview&_c=BlogPart&_c02_owner=1&partqs=amonth%3d11%26ayear%3d2005)でも書きましたが、2004年6月…今から約3年前…僕がアメリカから日本に一時帰国した直後、当時、安が所属していた「アルビレックス新潟」と、僕の故郷・広島の「サンフレッチェ広島」の試合が、広島ビッグアーチで行なわれたことがありました。当然ながら、ビッグアーチに観戦に行きました。
「安の試合が広島で見れるなんて、こんな『縁』、めったに無いわ!」
…と、興奮していた僕…。しかしその後、さらに大きな興奮が待っていようとは、この時の僕は、まだ知る由も無かったのです。…この試合で安は、サンフレッチェ広島を相手に、本職ではないDFでプレーしながら、何と先制ゴールをゲット!!しかも、今回、釜山で見せてくれたゴール同様、ヘディングによるゴールでした。当時、アメリカから帰国したばかりの僕の目の前で、見事にゴールを決め、チームをアウェーながら引き分けに持ち込んだ、安英学…。この試合後、安は言いました。
「今日は、Yojiの『帰国祝い』のゴールを決めてやろうと思っていた…。」
アメリカで苦しい思いをし、日本に帰国した僕に、安は最高の「帰国祝いプレゼント」を贈ってくれたのです…。
そして、「3年後」…。
ホンジュラス、ジャマイカ、パナマで苦しい思いをし、帰国した僕に、安はまたしても、「ゴール」という、最高の「帰国祝いプレゼント」を贈ってくれました。
安は攻撃的なポジションの選手ではありません。釜山での試合は本職の「ボランチ」を務めていましたが、どちらかと言うとディフェンシブなポジションであって、得点するのは容易ではありません。それなのに、「3年後」も、「帰国祝いプレゼント」を再現させた安英学…。この「勝負強さ」…やはり、タダ者ではありません!!
この安の活躍を見て、何も感じない奴はいません。僕の「魂」の奥底に、強烈に響きました。
安は大学時代から、常に僕の先を行っていました。大学体育会サッカー部においては、僕が3年生時に、ようやくAチームに入り、公式戦デビューを飾ったのに対し、安は1年生の頃から、ずっと不動のレギュラーでした。僕がプロになるのに大学卒業から4年間かかったのに対し、安は大学卒業後はすぐプロになり、しかもレギュラーとして活躍してきました。
そんな、常に僕の先を行く安の存在があったからこそ、僕はここまでやってこれた…と言っても過言では無いでしょう。安が先に道を切り開いてくれたからこそ、「俺にもできる!」と思って、挑戦できたのかもしれません。僕はいつも安の「背中」を見て、「いつか安と同じピッチに立つ!!」という思いで、徐々にステップアップしてきました。大学サッカー部時代は、そうやって3年かかって、「安と同じピッチに立つ」ことを実現しました。…安とまた同じピッチの上に立つのは、今でも僕の「最大の夢」の1つです。この日、釜山で安の勇士を見て、その想いが、より一層、強くなりました。
こうして、安から最高の「帰国祝いプレゼント」を手にするなど、「韓国・釜山旅行」は、感動の幕開けとなりました…。
つづく
※試合の翌日、一緒に食事をとる、安とYoji。
08 mei 今の俺は1人じゃない!!…家族も、友達も、大自然も…全てを「力」にして、成功に突き進む!! 2007年4月8日(日) に日本に帰国してから1週間は、東京の知り合いの家に泊めさせてもらい、これまで会いたくても会えなかった数々の友人・知人たちとの再会を果たしました。その中で、言葉では言い表せないほどの「パワー」「元気」「勇気」を得たYoji…。さあ、次は、いよいよ我が故郷・広島に帰ります!!!
2007年4月16日(月)
とうとう、我が故郷・広島に帰って来ました!!!!!
僕の故郷は、東京とは違って凄く田舎…。溢れんばかりの大自然が、僕を温かく迎え入れてくれました。水も空気も米も、最高に美味しい!!ホンジュラスの大自然とは、また一味違う、我が故郷・広島の大自然…。ん~…、癒されます!!!
広島の実家に到着したその日から、2泊3日で、僕と父…2人で広島県内の山奥にある温泉に行くこととなりました。正月も返上して、ホンジュラス→ジャマイカ→パナマ…と渡り歩き、活動を続けてきたYoji…。僕にとっては、これが正月みたいなものです!!!
約10ヶ月ぶりの温泉…。この10ヶ月間で溜まった、心身の疲労を癒します。しかも、父と…。ん~…たまらん!!!!!
この2泊3日の温泉旅行の目的は、「心身の疲れを癒す」のはもちろんのこと、実はそれだけではなく、「フィジカルトレーニング合宿」の目的もありました。実家からバーベルを持って行き(普通の家には「バーベル」なんて無いもんですが、我が家は、父がトレーニング好きなので、あるんです!!これも僕にとっては「幸せ」であり、大変「恵まれて」います!)、走り込みとバーベルトレーニング中心のメニューを、午前・午後の2部練でこなします。日本に帰国してからの最初の1週間は、東京で友人・知人たちと会い、全くトレーニングせず、完全リフレッシュをしました。…しかし、広島に帰った今、僕の「新たなる闘い」は、すでに始まっているのです!!!
この「温泉合宿」のポイントは、「父と一緒」というところです。今までの僕であれば…いや、今までの我が家であれば、「父と一緒」ではなく、「Yoji1人」で温泉に行ってた可能性もあったでしょう。ましてや「トレーニング」など、「父と一緒」なんて、ありえませんでした。…そう、「…でした。」…過去形です。今の僕は、今の我が家は、違います。
僕は今回、あえて父を誘い、「一緒にトレーニングしよう!」「俺のトレーニングを手伝ってくれ!」と声をかけました。そして、父と共に走り、父と共にボールを蹴り、父に自分のトレーニングを手伝ってもらい、僕は今回の「温泉合宿」の目的を、完璧に達成しました。「10ヶ月分の心身の疲れ」を癒せたのはもちろんのこと、父とトレーニングしたことで、フィジカル的にパワーアップを果たすことができました。
実は、父とトレーニングしたのは、この「温泉合宿」だけではなく、帰国してから1ヶ月経った今でも、父とトレーニングする日々は続いています。父は、サッカーに関しては全くの「素人」です。しかし、僕はあえて、下手に変なチームでトレーニングするのではなく、「家族」である父と、次なる「チャンス」に向けてトレーニングすることを決断しました。それは一体なぜか…???
今までの僕は、どちらかと言うと、「1人」で闘ってきました。広島の実家に居る時などは、自主練する際、常に「1人」で行なってきました。1人で走り、1人でボールを蹴り、1人で筋トレする…。しかし、長い海外挑戦を経て、僕の考え方は変わりました。…「1人」じゃ駄目なのです。「モチベーション」においても、そうです。「自分のために…」と、モチベーションの対象が「自分のみ=1人」の場合、その「成功」はたかが知れたもの…。しかし、「家族のために」「友人・知人のために」「故郷のために」…と、モチベーションの対象が多い場合、その人の「成功」は、より大きなものになります。最終的には、「家族のために」「友人・知人のために」「故郷のために」と思って闘ってる奴の方が、断然、強いのです。そして今の自分は、「家族のために」「友人・知人のために」「故郷のために」…という気持ちが、自然と溢れ出してくる…。
父とトレーニングすることで、僕の中には、他の誰とトレーニングするよりも大きな「エネルギー」「パワー」「モチベーション」が生まれます。それが、「成功」する上での、大きなポイントとなってくるのです。
上に、「父とトレーニングする。」と簡単に書きましたが、考えてみれば、つい2、3年前までは、実家の壁にボールを蹴っているだけで、親には「うるさい!!」と怒られていたものです。両親からは、「サッカー辞めろ!」と、何度も何度も言われ続けてきました。過去、親との衝突は、数え切れないほど、ありました。
それが今では、「父と一緒にボールを蹴る。」までになりました。親は何も言いませんが、今までの僕の活動を、少しは認め始めているのかもしれません。かつては、常に「心配」していた親も、今は徐々に「信頼」してくれるようになったのかも…。
これこそが、僕の「力」になるのです。
日本に帰れば、たくさんの気心知れた友人・知人が、僕を歓迎してくれる…。
故郷・広島に帰れば、家族が、そして大自然が、僕にエネルギーを与えてくれる…。
父とトレーニングした後は、母が美味しい料理を作ってくれ、僕の肉体をパワーアップさせてくれます。
海外に居ては滅多に会えない、おじいちゃんにも、会いたい時に、いつでも会うことができます。
※こちらの写真は、10ヶ月前(2006年7月)、日本に一時帰国して、「1年半ぶり」に、おじいちゃんと再会した時のものです。
10ヶ月後!!!!!
↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓
※おじいちゃんと、約10ヶ月ぶりの再会!!相変わらず、元気でいてくれました(現在87歳)!!よくぞ、元気でいてくれた!!ありがとう、おじいちゃん!!(ちなみに、あえて「10ヶ月前の再会」と同じTシャツを着てみました!)
今の俺は1人じゃない!!!!!
家族も、友達も、大自然も…全てが僕の「力」になります。海外生活では無かったもの…その全てが、今の日本には、広島にはある…。
ここまでくると、もう「怖いもの無し」です。今の自分なら、何だってできる!!!
さあ、「成功」に向けて爆進します!!!
今月、必ずこのブログに、大きな大きな「成功」を書き記すことになるでしょう…。
そんな中…。
「ピロリラリラリリョリピュリピョリチャリミョリキュリピャビリオギロア…♪♪」
僕の携帯電話が鳴ります(ホンジュラスでは、1年半、「携帯電話無し」の生活を送りました。いつでも、どこでも、誰とでも、携帯電話で連絡取れる…。ああ、何て「幸せ」なんじゃ…)。
見慣れぬ番号…。これは、日本からではない…。一体、誰じゃ!!!???
「ヨボセヨ…。」
安英学じゃ!!!!!(現在、韓国Kリーグの「釜山アイパーク」で活躍中。)
安と電話で話すのも、実に約10ヶ月ぶり!!!!!
安は、開口一番、こう言いました…。
安 「Yoji、釜山に遊びに来いや!!!!!」
Yoji 「おうおう!!行っちゃるわ!!俺も前から、行きたいと思っとったんじゃ!!首、長くして待っとれや!!!!」
…こうして、電撃的に(?)、「韓国・釜山行き」が決定しました!!!
3ヶ月前くらいのブログ記事にも書きましたが、「韓国・釜山に行って安と再会すること」は、ずーーっと前から、やりたかったこと…。
ちなみに、安…。何で僕が帰国したって分かったのか…!?
安 「何だか、東の方に、タダならぬ妖気を感じた。お前(Yoji)が帰国したとしか考えられない。」
Yoji 「俺は宇宙人か!!!!(笑)」 安とは、新潟に居た「2004年」以来、約2年半も会っていません。約2年半ぶりの再会、ここに実現!!!
※2004年・新潟にて。この時の僕は、27年間の人生の中でも、最も太っていました!!!お恥ずかしながら、顔が丸々しています(涙)。安とは、この時以来、「2年半ぶり」の再会です!!!
次回は、「韓国・釜山上陸編」です!!!
一体、何が待っているのか!!??
楽しみにしといて下さい!!!
03 mei ここは「天国」?「楽園」?1日100個の「幸せ」を感じる日々…。日本帰国!! 2007年4月8日(日)
ついについに待ち焦がれた、我が母国・日本に帰って来ました。
パナマから日本に直接行く飛行機はありません。まずは、パナマ空港からアメリカのマイアミ空港に行き、そこから今度は飛行機を乗り換えて、ダラス空港に行きます…。ダラス空港に到着したのは、夜。「ダラス→成田」の飛行機は、翌日の朝。…よって、この日は、ダラス空港の「床」に寝て、一夜を過ごすこととなりました。係りの人から布団を借りたものの、ダラス空港の外は雪が降る寒さ!!凍え死ぬかと思いました(笑)。
そんなこんなで、どうにかダラス空港の「床」での一夜を耐え抜き、ついに「日本(成田)行き」の飛行機に乗り込みます。フライト時間は、およそ13時間…。長い長い、日本への旅でした。今まで何度か、アメリカから…もしくは「アメリカ経由」で日本に帰国したことがありましたが、今回が一番、過酷でした。
…そして、念願だった、我が母国・日本に到着…。
ついに、ついに俺は日本に帰って来た…。
「喜び」「感動」「幸せ」「安堵」…全ての「プラスの感情」が、一気に込み上げてきました。
成田空港に到着した瞬間、
「日本が俺を呼んでいた…。日本が俺の帰国を待ち焦がれていた…。そして今、日本が俺を歓迎している…。」
と、我が母国・日本から発せられるオーラを、ヒシヒシと肌で感じ取りました。
「ジャマイカ挑戦」の序盤までは、非常に良い「流れ」と「タイミング」でした。しかし、「ジャマイカ挑戦」の途中から、「パナマ編」が終わるまでの約3ヶ月間…どうしようもないほど狂った「流れ」と「タイミング」の中で、それでも闘ってきました。最後は、命からがら、日本にどうにか帰って来れた…という状況でした。
しかし、この日、成田空港に到着したその瞬間から、自分の「流れ」と「タイミング」が、信じられないほど好転していくのです…。
成田空港に到着したこの日から1週間は、東京で知り合いと再会する日々を過ごしました。
いきなり帰国したにも関わらず、自分がこれまでずっと「会いたい。」と思っていた友人との時間の「タイミング」がピタリと会います。何の苦も無く、「会いたい。」と思っていた友人との再会が、次々に実現していきました。中には、1年、2年、3年ぶりに再会する友人も居ました。正に、奇跡とも言える「流れ」と「タイミング」です。ここ数年、会いたくても会えなかった友人との再会が、なぜか、いとも簡単に実現し、僕は彼らから、大きな大きなエネルギーをもらいました。忙しい中、自分と会ってくれた友人達には、感謝の気持ちでいっぱいです。本当にありがとう!!(涙)
もしかしたら僕は、「世界一の幸せ者」かもしれません。「これも幸せ。」「あれも幸せ。」「それも幸せ。」「あっちもこっちも幸せ。」「みんな幸せ。」…と、次から次に、「幸せ」を感じるのです。
そこでちょっと、日本がどれくらい「幸せ」な国か、僕が日本で感じた「幸せ」を、書いてみたいと思います。
●「幸せ~その1~」 風呂でお湯が出る…。(ホンジュラスやジャマイカ、パナマでは、水しか出ないシャワーで生活してきました。寒い日は、凍えるような思いをしました。シャワーが無い場合は、バケツに水を溜めて体を洗っていました。当然、湯船など無く、疲労がなかなか取れませんでした。)
●「幸せ~その2~」 料理が美味しい…。(中米料理も美味しかったですが、どうしても日本食が食べたくなる時が、たくさんありました。実家や日本の友達から送られてきた「インスタント味噌汁」が、中米生活においては本当に貴重な日本食で、いつも「インスタント味噌汁」を飲むたびに、故郷を思い出し、涙が出そうなくらい感動していたものです。中米では、食生活のバランスが悪くて、体調管理が大変でした。それが日本では、美味しくて、栄養バランスの良い食べ物が、溢れに溢れている…。やはり自分の一番口にあった料理が毎日、当たり前のように食べれるというのは、本当に「幸せ」なことです!!)
●「幸せ~その3~」 日本語がしゃべれる…。(中米では、日本大使館に電話した時以外、日本語をしゃべる機会が皆無に等しい状況でした。どんなに厄介で、難しい交渉ごとでも、全て英語やスペイン語でこなさなくてはいけない日々…。それが日本では、当たり前のように、好きなだけ日本語がしゃべれる…こんなに「幸せ」なことはありません!!)
●「幸せ~その4~」 人が親切…。(日本人ほど、細かいことまで気配りができる民族は、世界にいません。確かに、日本も変な人が増えたのは事実ですが、やはりいい加減な中米人に比べれば、人の信頼度の面で、桁違いの差があります。)
●「幸せ~その5~」 周りに、日本人の友達がいる…。(中米生活では、悲しい時はもちろん、嬉しい時でも、その感情をダイレクトに分かち合える日本人の友達が、周りに皆無でした。僕にとって、周りに日本人の友達がいることは、それだけでも「幸せ」なことなのです。)
●「幸せ~その6~」 日本人であることが当たり前…。(中米では、自分が「日本人」「アジア人」であることで、好奇の目で見られる悔しい経験をしてきました。しかし日本では、「日本人」であることが当たり前で生活できるのです。この「幸せ」が理解できる人はいますか??)
●「幸せ~その7~」 日本の本やTVがいくらでも見れる…。(海外生活では、そうはいきません。特に中米生活においては、日本から送られてきた日本の本やTV番組の録画DVDが大変、貴重で、それを見ることで、どれだけ僕の心が癒されたことか…。同じ本やDVDを、何10回と見て、海外生活を凌いできました。)
●「幸せ~その8~」 便利な物が何でも揃っている…。(中米生活では、自分の家には洗濯機すら無く、毎日、キツイ練習後、洗濯物を手洗いしていました。洗濯板があれば良い方でした。おかげで少し、腰を痛めました。日本はとにかく、便利な物が何でも揃っています。日本は「世界一便利な国」と言っても過言ではないでしょう。)
●「幸せ~その9~」 治安が良い…。(今、日本でもたくさんの凶悪犯罪が起こっていますが、それでも僕から見れば、これほど「安心感」を感じる国はありません。ホンジュラスでは、夜、寝てる時、外で銃声が聞こえることはしょっちゅうでしたし、レンカの元チームメイトも、先日、殺されてしまいました。とにかく、生活してて、常に「生命の危険」を感じなくてはならない日々でした。それに比べれば日本の治安の良さは、「天国」「楽園」級です!!)
●「幸せ~その10~」 誰の目も気にせず、カメラや携帯、PCが使える…。(パナマで僕がカメラを盗まれた話は、「パナマ編~最終回~」で紹介しました。中米では、カメラや携帯(日本製の)、PCは大変、高価な物。こういった物を中米で使う時は、常に周りの目を気にしなくてはなりません。そうしないと、泥棒や強盗に襲われてしまうのです。日本では、そんな心配をしなくても生活していけます。何て「幸せ」なんじゃ!!)
まだまだ、まーーだまだ、あります!!しかし、数え上げればキリがありませんので、これくらいで止めときます(笑)。僕達は、こんなにも「幸せ」な国で生活しているのです…。こんなに「幸せ」なことはありません!! 「1日100個」の「幸せ」を感じる日々…これは誇張でも何でもなく、紛れも無い、事実です!!!
上に、「幸せ」なことをいろいろ書きましたが、書いてるこっちが、ワクワクするような、楽しい気持ち…それこそ「幸せ」な気持ちになりました。これぞ「幸せの連鎖」です!!「幸せ」なことは、考えれば考えるほど、ますます「幸せ」になれます。そんな「幸せ」を、「1日100個」も感じているのだから、僕は本当に、「世界一の幸せ者」かもしれません!!今の僕には、目に映るもの全てが「幸せ」に見えます!!
もちろん僕は、過酷な「中米生活」の中でも、「幸せ」を感じながら、「楽しんで」生活してきました。どんな環境の中でも「幸せ」を感じながら、「楽しんで」生活するのが、僕のモットーです。ただ、ここ3ヶ月間の「流れ」と「タイミング」が噛み合わない、苦しい状況を経験したからこそ、今の「幸せ」が、何10倍にも感じられるのでしょう。だから僕は、あの「苦しかった3ヶ月間」にも、心から感謝の気持ちを捧げたいと思います。 ありがとう!!「苦しかった3ヶ月間」!!
日本に帰国したその瞬間から、劇的に好転した「流れ」と「タイミング」…。
この後、僕の「幸せの連鎖」は、より広がっていくことになるのでした…。 |
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