| Profiel van Yamano★★★「26歳」からのプロサッカー人生!不可能を...Foto'sWeblogLijsten | Help |
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30 december 『ジャマイカ挑戦記~その3~』 涙の誕生日。 Portmore United(ポートモア・ユナイテッド)入団テスト、12日間経過。
ここまでの12日間は、レンカでの不遇を一掃するかのような、快進撃を見せました。噴水のように湧き出す「自信」、レンカで不遇の状況下でも、「日本代表に少しでも近付くために…」と、とことん向上させた「技術」……全てがここにきて、大爆発しました。ポートモア・ユナイテッドの選手はもちろん、元ジャマイカ代表として、日本代表と3度の対戦経験がある、コーチ・ディクソンなど、みんなが僕の実力を認めてくれました。チーム幹部からもそれが評価され、ついに、ジャマイカでプレーするために必要な「ITC(国際移籍証明書)」も、JFF(ジャマイカ・サッカー協会)に申し込まれ、「就労ビザ取得」の保障もされました。契約はもう、目の前です…。今までやってきたことが報われる日が、もうすぐやってきます…。「ビザ無し」入国でジャマイカに滞在できる期間、リミットは、あと「16日間」…。契約に向け、ラスト・スパートです。
そんな中、ポートモア・ユナイテッドに合流してから、最初の対外戦(練習試合)が行われることになりました。
~~その日の、Yojiの日記には……~~
「2006年12月5日(火)ジャマイカ上陸・13日目。……ポートモア・ユナイテッド練習参加・8日目。今日は夜から練習試合があった。ポートモア・ユナイテッドに合流してからは、初の対外戦。これまで練習の中では、ほぼ完璧なプレーで実力をアピールしてきたが、対外戦でも良いプレーができることを、何としても証明する必要があった。……ぬかるんだグランド、ナイター設備が悪く、暗くてボールが見えにくい…という、難しい(苦手な)状況だったが、そんなこと言ってられる立場じゃないからな。言い訳無用、とにかく契約するには、どんな状況下でも、つねに良いプレーをするしかなかった。それに、ホンジュラスの方が、もっと劣悪な環境だったからな。しっかりホンジュラスでの経験が生きている。……(省略)……90分間プレーし、好守と安定したプレーで、自分の実力をアピールした。チーム・スタッフは、もう充分、俺の実力を分かったはず。…1日も早く、契約したい」
…実は先週、チーム幹部からは「この試合を見て、スタッフ会議を開き、今週金曜日、Yojiに今後のこと(契約するかどうか)を報告する」と言われてました。つまり、僕にとって、非常に重要な試合だったのです。そんな状況の中、自分の能力をアピールし、契約にまた一歩、近付きました。
12月6日(水)
この日はOFF。
~~その日の、Yojiの日記には……~~
「2006年12月6日(水)ジャマイカ上陸・2週間経過。……(省略)……今週中に、契約についての前向きな話ができると信じている!!1日も早く契約し、お世話になった日本の家族や友達、知り合いに、良い報告するぞ!!」
12月7日(木)
~~その日の、Yojiの日記には……~~
「2006年12月7日(木)ジャマイカ上陸・15日目。……ポートモア・ユナイテッド練習参加・9日目。昨日、チーム関係者から『明日はフィジカル・トレーニングのみだから、GKグローブも、GKユニフォームも、スパイクも必要ない。ランニング・シューズのみ、準備するように』と報告を受けていた。しかし、グランドに行ってみると、GKコーチが居て、急遽、GKトレーニングをすることになった。しかし、GKグローブを始め、GK練習する道具を持ち合わせていなかったため、かなり意表をつかれた。GKグローブは他のGKに借り、ランニング用のノースリーブ・シャツ、半パンのまま、GK練習することになった。難しかったが、やるしかなかった。…借りたGKグローブがなかなかフィットせず、キャッチングに苦しんだ。しかし、それ以外は、自分の技術の高さをアピールできたと信じている」
この日は、フィジカル・トレーニングのみだったはず!?まさかまさかの、GKコーチとの、初練習でした。それでも、与えられた状況下で、最高のプレーをするしかないんです。やれる限りのことは、やりました。
12月8日(金)
以前、「今週金曜日、Yojiに今後のこと(契約するかどうか)を、報告する」とチーム幹部から言われていました。「今週金曜日」…それが、今日です。さあ、どうなる!?
~~その日の、Yojiの日記には……~~
「2006年12月8日(金)ジャマイカ上陸・16日目。……今日はOFF。……(省略)……先週、チームのGM(ゼネラル・マネージャー)から『金曜日に、Yojiの今後(契約するかどうか)を報告する』と言われていた。それは、今日である。しかし、チーム関係者から、その話は出てこなかった。どういうこと!?気にはなるが、今日は『あえて』、それに関して、チーム関係者に、問い詰めなかった。…しかし、今の流れからすると、俺は絶対、ポートモア・ユナイテッドと契約できる。実力的にも、サッカー人生最高に自信がある。今後、必ず俺の時代がやってくる!!」
チーム幹部から約束されていた「今後(契約するかどうか)の報告」は、なぜだか、されませんでした。これには若干、気分を害しました。何の説明も無く、約束をスッポカされましたからね。向こうには向こうの事情があるのでしょうが、僕も「滞在期間のリミットが迫っている」という問題があり、チームには1日も早く、決断を下してもらう必要があったのです。しかも、僕の中には「良いプレーをして、充分、俺の実力は証明している」という確信がありましたから、余計、疑問に感じました。
12月9日(土)
~~その日の、Yojiの日記には……~~
「2006年12月9日(土)ジャマイカ上陸・17日目。……ポートモア・ユナイテッド練習参加・10日目。……(省略)……もう、充分、自分の実力をアピールしているのだが、なかなか『契約』の話にならない。こういう大事な時に、エージェント『的』存在のロイ・トーマスは不在だし…。自信はかなりあるが、滞在期間の問題もあるし、何より、きちんと俺を評価し、必要としてくれるチームでプレーしたい。ただ、残り滞在期間が12日間をきった今から、環境を変えて、もう一つのチャンス『Harbour View(ハーバービュー)』に行くのも、かなり危険な選択だからな…。…てか、ロイ・トーマスがいなくて連絡が取れないから、ハーバービューには行けないし…。実力的には、ジャマイカでやっていくのに申し分の無いだけのものをもっているので、1日も早く契約したい」
時間との闘い…。残り滞在期間は、刻一刻と無くなっていきます。その間に、何としても契約を決めなければならない状況です…。しかも、当初の話では「1、2週間の練習参加でプレーを見て、判断する」とのことだったのに、もう、2週間を過ぎてるのに、何の報告もありません。「金曜日に報告する」という約束も、スッポカされています。自分のプレーが不甲斐なかったのなら、まだ納得できますが、ポートモア・ユナイテッドのGK以上のプレーをしているにも関わらず、チーム側のこの対応には、若干、不信感がつのりました。
12月10日(日)
~~その日の、Yojiの日記には……~~
「2006年12月10日(日)ジャマイカ上陸・18日目。……ポートモア・ユナイテッド練習参加・11日目。……(省略)……チーム関係者の誰も、『Yojiの今後(契約するのかどうか)』を俺に話しに来ないので、自分からGMに聞きに行った。以前は『今週金曜日に、Yojiに今後のことを報告する』と言っていたのに、今日は『来週火曜日の練習試合のプレーを見てから、決定する…』と言われた。どんどん、先延ばし…。約束が違う。俺には、先延ばしされるほどの『滞在期間』の余裕は無い。……(省略)……これだけ自分の実力をアピールし、他のGKとの明らかな技術の差を見せ付けているにも関わらず、一体、どうして!?……とりあえず、来週の火曜日までは、今まで通り、全力投球しよう」
ついこの前まで、ポートモア・ユナイテッドのチーム幹部は、僕の「ITC(国際移籍証明書)」のリクエストをサッカー協会に行い、「就労ビザ取得の保障」までしてくれて、自分に対する「気持ち」が伝わってきていたのですが、ここにきて、なぜか、チーム関係者の態度が、一変しました。僕は、ポートモア・ユナイテッド練習参加初日からここまで、一貫して、良いプレーを続けてきたのですが…。徐々に、暗雲が立ち込め始めました…。
12月11日(月)
~~その日の、Yojiの日記には……~~
「2006年12月11日(月)ジャマイカ上陸19日目。……ポートモア・ユナイテッド練習参加・12日目。今日は午後からGKコーチとGK練習をし、最後にミニゲームを行った。疲労困憊だったここ3日間の中では、最も体が動き、サッカーをしっかり楽しめた。明日は、『運命』の練習試合。思いっきり、楽しもうと思う。…早く、契約を決めたい!!」
前日、チーム幹部から「来週火曜日の試合を見てから、Yojiの最終決断を下す」と言われています。以前も同じようなことを言われ、結局、約束をスッポカされた…という経験はありましたが、とにかく、今の僕にできることは、目の前のチャンスに、最大限のプレーをすることのみです。こうして、「運命」の練習試合を迎えました。
※以前、日本の大学時代の友達からホンジュラスに送られてきた、日本の食べ物(味噌汁など)。家族や、中国留学時代の友達なども、送ってくれました。それをジャマイカに持って行き、「運命」の試合を迎えたこの日、僕は試合前、日本の味噌汁を飲みました。日本の味噌汁を飲むと、故郷・日本を思い出し、パワーが溢れてくるのです。こちらでは手に入らないので、今の僕にとっては、大変、貴重な物なのです。…日本から送ってくれた家族や友達のためにも……。
12月12日(火)
~~その日の、Yojiの日記には……~~
「2006年12月12日(火)ジャマイカ上陸・20日目。……今日は夜に、練習試合があった。おとといGMから『火曜日の練習試合をGKコーチと共に見て、Yojiの今後の最終決断を下す』と言われていたので、試合までの時間は、さすがに、意識しまいと思っても、心のどこかで試合のことを考えていた。まあ、これは仕方のないことだ。……しかし試合会場に着くと、いつものようにリラックスして『試合を楽しむモード』になった。急遽、ポートモア・ユナイテッドのGKではなく、対戦相手のアマチュア・チームのGKとしての出場を告げられたが、それはホンジュラスでも経験してたし、全く苦にならなかった。むしろ、普段、一緒にプレーしたことのない選手たちとのプレーを楽しんだ。……1番厄介だったのは、照明が暗くて、ボールの遠近感が全くつかめなかったこと。しかも、開始早々、失点してしまったが、その後は、冷静に、強気にプレーした。……後半は、ポートモア・ユナイテッドのGKを務め、こちらは無失点に抑えた。…この悪環境・悪条件の中で、自分にできうる最大限のことはやったので、どうなっても後悔はない。以上!!!」
ジャマイカに上陸してから、ここまでの3週間…。ポートモア・ユナイテッドに合流し、やれる限りのことはやってきました。自分のサッカー人生の中でも、最高のプレーをしました。後はもう、「天命」を待つのみです。そして、翌日……。
12月13日(木)
~~その日の、Yojiの日記には……~~
「2006年12月13日(木)ジャマイカ上陸・3週間経過。……ポートモア・ユナイテッド練習参加・2週間経過。……そして、今日をもって、ポートモア・ユナイテッドでの練習参加が終了した。夜22時、チームのマネージャーから『不採用』を告げられた。……最近のチーム関係者の態度を見ていて、何となく予感はあったが、あれだけ良いプレーをして、実力を見せ付けたにも関わらずの、この結果だっただけに、当然、釈然としない思いもある。やはり、悔しい。自分の技術は、ポートモア・ユナイテッドの、どのGKにも負けていなかった。…いや、絶対に勝っていた。……しかし今は、予想外にスッキリした気持ちである。正直、ポートモア・ユナイテッドには、自分自身が『ここだ!!』と感じるものが無かった。自分の実力をちゃんと評価してくれ、本当に必要としてくれるチームでプレーしたい。その自信もある。…ただ、残り滞在期間、リミットが1週間しかないのが、かなりキツい……。どうせなら、もっと早く決断を下して欲しかった。……これまでの人生の中で、何度となく『不採用』を受けてきたが、今の自分が、今までと決定的に違うのは、『不採用』を告げられてもなお、自分の実力に対しての確信が、揺らいでないこと。…必ず、奇跡を起こす!!!」
こうして僕は、ポートモア・ユナイテッドから「不採用」を告げられました。
こんな経験は、サッカー人生初でした。大学時代、Jリーグチームの入団テストを受けた時にも「何でこれだけ良いプレーをしたのに、『不採用』なんだ!?」と思うことはありましたが、あの時は心のどこかで「それでも、やはりJリーグチームのGKに比べたら、俺の実力は劣る…」という、気持ちを抱いていました。だから、納得できました。…しかし今回は、自分の実力に対して確信があり「絶対に、ポートモア・ユナイテッドのGKより勝っている」という強い気持ちがありながら、「不採用」になったのです。「自分の実力に確信がありながら、結果が出なかった」……これは、長いサッカー人生の中でも、初めての経験でした。
実はポートモア・ユナイテッド、「イングランドのチームに移籍する」と言っていたジャマイカ代表GKの残留が決まり、さらには、トリニダード・トバゴのチームに移籍していたGKが戻って来ることも、ここ数日で決定したようです。僕がポートモア・ユナイテッドに合流したばかりの頃は、そのどちらの話も無く、だからチーム幹部も、僕の「ITC(国際移籍証明書)」のリクエストをサッカー協会に行い、僕の「就労ビザ取得」にも動き、「Yoji獲得」の方向で、話は進んでいたのです。現在、僕はホンジュラスに居ますが、レンカのチーム関係者に聞いたところ、本当に、サッカー協会からレンカに「ポートモア・ユナイテッドへの、国際移籍証明書の発行」に関する連絡がきたようです。だから、レンカのチーム関係者はみんな「Yojiはジャマイカのチームと、契約合意に達した」と思っていたようです。しかし、ジャマイカ代表GKの残留が決まり、トリニダード・トバゴのチームに移籍していたGKが戻って来ることも、急遽決定……「外国人GK獲得の必要性が無くなった(ポートモア・ユナイテッド、マネージャー談)」とのことでした。
当初の「最終決定」の日にちをここまで先延ばしにしたのは、その間に「移籍話があるジャマイカ代表GKの動向と、トリニダード・トバゴのチームに移籍していたGKの動向を見るため」との説があります(周りの人の情報)。つまり僕は、この2人のGKがポートモア・ユナイテッドでプレーしないことになった場合の、「保険」だった…ということです。現状は、この2人のGK共、ポートモア・ユナイテッドでプレーすることが決まったので、外国人でもある僕は、必要が無くなったと……。僕としても、途中から「本当にポートモア・ユナイテッドが、自分にあったチームなのか?」疑問を感じ、「ハーバービューに行くべきなのか?」とも考えていましたが、最初の方に、「ITC(国際移籍証明書)」のリクエストと、「就労ビザ取得手続き」の話をチーム幹部からされていたので、ポートモア・ユナイテッドを離れるに、離れられない状況でした。ましてや、エージェント「的」存在のロイ・トーマスがいなくなってしまったこの状況下では、他チームとコンタクトを取ることさえもできないので、ポートモア・ユナイテッドに全てを賭けるしかなかったのです。
また、ポートモア・ユナイテッドのマネージャーに「不採用」を告げれらた際、意外な発言もされました。「…ところで、Harbour View(ハーバービュー)が、Yojiに興味を示してるようだが…」……なぜ、そのことを知っているのか!?僕は、ポートモア・ユナイテッドのチーム関係者は、ハーバービューが「Yojiを見たい」と言っていることは知らないと思っていましたが、どこで情報を得たのか分かりませんが、ポートモア・ユナイテッドのチーム関係者は、そのことを知っていたのです。そして、ある人物の情報によると、「ポートモア・ユナイテッドのチーム関係者は、Yojiの滞在期間のことも知っていて、GK不足にあえぐライバルチーム、ハーバービューにYojiを行かせないために、滞在期間のリミットぎりぎりまで、決断を先延ばしにした…」とのことでした。
真相は分かりません。プロサッカーの世界は「ビジネス」です。こんな話は、よくあることです。それに、真相が何かなど、重要ではありません。重要なのは、今ここに、「不採用」という結果が出たこと。それのみです。しかし、この日の日記を見ても分かるように、「不採用」を告げられてもなお、僕は自信を失うことなく、冷静さを保っていました。
中には、僕の文章を見て「『自分の実力不足だった』という、反省の気持ちは無いのか!?」と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、僕は、「成功」するためにジャマイカに来ているのです。自分のことを「実力不足だ」と思っている選手が、「成功」なんかできるのでしょうか?反省なんか、全てが終わってからすれば良いのです。自虐的になろうと思えば、いくらだって自虐的になれます。しかし、残り滞在期間は「8日間」と迫っています。その内、8日目は、早朝の飛行機でホンジュラスに帰る日になってますから、実質、僕に残された時間は「1週間」しかないのです。…自虐的になってる暇など、無いのです。
また、僕はこれまでのサッカー人生の中で、ありとあらゆる国、ありとあらゆるチームを渡り歩いてきましたから、もし自分の力が及ばなかったのなら、自然と「あ、実力不足だった」って感じますよ。けど、今回の場合、「俺の実力は、ポートモア・ユナイテッドの、どのGKにも勝っていた」と感じたのです。他の人がどう言えど、チームから「不採用」を告げられようと、自分の中のこの「感覚」は大事にします。自虐的になる必要性など、全く無いのです。
……まさかの「不採用」通告…。27歳の誕生日、前日の出来事でした……。
そして、迎えた、27歳の誕生日当日。
12月14日(木)
昨夜22時に「不採用」を告げられ、この日の昼に、ポートモア・ユナイテッドのクラブ・ハウスを出なくてはならなくなりました。思いもよらない状況下、急いで荷造りをしたものの、行くあてが無い…。初めて来た、異郷の地、ジャマイカ…。知り合いと言えば、エージェント「的」存在のロイ・トーマスがいますが、彼は海外に行ってしまって、今、ジャマイカにはいない…。彼がいないことで、もう一つのチャンス「ハーバービュー」と連絡を取る手段も無い…。だから、ハーバービューに行くことさえ、できない……。
しかも、ポートモア・ユナイテッドのクラブ・ハウスの周りには何も無く、インターネットもできないし、電話も無いから、電話さえできない状況です。ましてや、電話すると言っても、持ってる知り合いの電話番号と言えば、ロイ・トーマス(←不在)、そして、ジャマイカ上陸当日に、一泊だけさせてもらった、マカラのいとこくらい…。とりあえず、どうすれば良いのか(住む場所、どこに安いホテルがあるのか、ハーバービューに行くには、どうすれば良いのか…など)、まずは誰かに相談しなければなりません。クラブ・ハウスを出る直前、ポートモア・ユナイテッドの選手に何とか携帯電話を貸してもらい、マカラのいとこに電話しました。そして、車だとマカラのいとこが居る場所は近所なので、ポートモア・ユナイテッドのクラブ・バスに乗せてもらい、昼過ぎ、マカラのいとこに会って、相談することになりました。
…しかし、タイミングが悪かったのでしょう。僕は、「ハーバービューには、どうすれば行けるのか?」「安いホテルはどこにあるのか?」…などが相談したかっただけなのですが、マカラのいとこは、ただ、ひたすら「Yojiの面倒は見れない」と言ってくるばかりなのです。マカラのいとこに、非はありません。悪いのは、いきなり相談に行った僕です。しかし、マカラのいとこはヒステリックになっていて、冷静な話し合いもできず、肝心の「ハーバービューには、どうすれば行けるのか?」「安いホテルはどこにあるのか?」…が、全く聞き出せない状況です。さらには、どんどん話が大きくなって、「日本大使館に電話して、Yojiを助けてもらう」と言い出しました。「日本大使館に電話しても、助けてもらえないよ」と言っても、もう誰にも止められません。結局、日本大使館に電話することになり、案の定、「何もできない」と言われ、しまいには「もう、おとなしく日本に帰った方が良い」という、絶望の言葉をかけられました…。
マカラのいとこは僕のためを思って、心配してやってくれているんだけど、僕は「どうすれば、ハーバービューに行けるのか?」「安いホテルはどこにあるのか?」が知りたかっただけなのです。それなのに、どんどん話が大きくなり、今度は「ホンジュラス大使館で働く、マカラの兄に相談に行こう」と言い始めました。
そして、何が何だか訳が分からぬまま、マカラのいとこの車に乗せられ、マカラの兄が働く、ホンジュラス大使館に到着…。マカラの兄に会うも、元々、話すことは、何も無い…。ただ「ポートモア・ユナイテッドを不採用になった」という屈辱の報告しかできず、向こうは向こうで「じゃあ、これからどうするのか?日本に帰れよ」と、またも絶望の言葉をかけられるのみ…。
ここで1つ「あ!」とひらめきました。以前、ポートモア・ユナイテッドのリーグ戦の試合を観戦に行った時、たまたま知り合い、たまたま電話番号をもらっていた、ジャマイカで人気TVコメンテーターを務める、ネビル・ベルのことです。ネビル・ベルは以前「俺とロイ・トーマスがチームにYojiのことを紹介したんだよ」…と話していたから、「ひょっとしたら、ネビル・ベルなら、ハーバービューと連絡が取れるかもしれない…。」と思ったのです。そこで、マカラのいとこに携帯電話を借り(自分の力では、電話1つかけることができない状況)、ネビル・ベルに電話してみました。ネビル・ベルは、言ってみれば「最後の頼みの綱」です。これで駄目なら、もう、ハーバービューのチャンスさえ、消滅してしまうのです。
……しかし、ネビル・ベルは電話に出ず……。「最後の頼みの綱」は、あっけなく切れてしまいました。 さらにはその後、マカラのいとこ、マカラのいとこの友達、マカラの兄…みんながホンジュラス大使館の建物の中に入って行き、僕だけ1人、庭に取り残されることとなりました。何が何だか、さっぱり分からない状況です。肝心の「どうすれば、ハーバービューに行けるのか?」「安いホテルはどこにあるのか?」は聞き出せず、徐々に日が暮れていく…。「これはマズイ」と思い、マカラのいとこ、マカラの兄を探すため、ホンジュラス大使館の建物の中に入って行きました。すると…。
「出て行け!!!!!!」
マカラの兄が、ブチキレました。そして、僕は、ホンジュラス大使館の敷地内から追い出され、周りにはほとんど何も無い、山奥の路上に、1人、取り残されたのです…。途中から、雨が降り出し始めました。日が暮れ始め、1人、何も無い山奥の路上で、雨に打たれる……。正に「成す術無し」。この状況は、一体、何なのか?俺はここで一体、何をしているのか??悲しくて、悔しくて、やりきれなくて、本当に、涙が出そうになりました。
~~その日の、Yojiの日記には……~~
「2006年12月14日(木)ジャマイカ上陸・22日目。……今日は俺の、27歳の誕生日。しかし今日は、近年まれにみる、最悪な、本当に苦しい誕生日となった。今日の苦しみは、一生、忘れないだろう。……(省略)……マカラの兄にホンジュラス大使館から追い出され、山奥の路上で雨に打たれながら、1人、取り残された時は、『一体、俺は、ここで何をしているのか?どうして俺が、こんな目に遭わなければならないのか?しかも、誕生日に…』と、悲しくて、悔しくて、やりきれなくて、涙が出そうになった。……(省略)……」
わずか、2日前までは、ポートモア・ユナイテッドにて、サッカー人生最高のプレーをして、自信と希望にみなぎり、「契約まであと一息」という状況まできていました。…それが前日、ポートモア・ユナイテッドから突然「不採用」を告げられ、そしてこの日、正に「地獄の底」に叩き落とされました。
…そんな中、1台のタクシーがやって来ます。マカラのいとこが呼んだものでした。どこにも行くところが無い僕を見て「ポートモア・ユナイテッドのクラブ・ハウスに戻った方が良い」とのことでした。タクシーは、そこまで僕を連れて行くために呼んだものでした。マカラのいとこは、正しいです。今の僕には実際、それ以外にどうすることもできません。しかし、一度「不採用」になったチームのクラブ・ハウスにまた戻るなんて、これほど屈辱的なことはありません。正に「踏んだり蹴ったり」「万事休す」の状況です。「何か、悪い夢でも見ているのではないか?」と、今、自分に起こってる出来事が、信じられませんでした。
タクシーに荷物を詰め込みます。ポートモア・ユナイテッドのクラブ・ハウスに帰ったからと言って、ハーバービューに行くことはできません。ただただ、残り滞在期間の「8日間」を、何もできないまま、指をくわえて、時間が経過するのを待つことしかできないのです。しかも、「不採用」になったチームのクラブ・ハウスの中で……。これほど、屈辱的なことはありません。しかも、自分の実力に対して、自信と確信を持っているにも関わらず、どうすることもできない、この状況……。
タクシーのエンジンがかかります。そして、ホンジュラス大使館を離れて、ポートモア・ユナイテッドのクラブ・ハウスへ向けて、出発します。
………その時でした。
「Yoji!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
マカラのいとこが、僕を乗せた、出発直前のタクシーを呼び止めます。一体、どうしたというのか!?
「ネビル・ベルから、電話がかかってきた!!!!!」
先ほど電話したけど、電話に出なかった、ジャマイカの人気TVコメンテーターにして、僕の「最後の頼みの綱」、ネビル・ベル……。
マカラのいとこから、電話を受け取り、ネビル・ベルと話します。そして……。
「Yoji!!ハーバービューのチーム関係者と連絡が取れたぞ!!!!今すぐ、来てくれ…とのことだ!!!練習参加できるぞ!!!」
………………………………………………………。
正に、紙一重のタイミング!!!!!!!ネビル・ベルが電話してくるのが、あと10秒遅かったら、僕はポートモア・ユナイテッドのクラブ・ハウスに、「屈辱の逆戻り」に向けて出発していました。しかし、出発の正に直前、ネビル・ベルから電話がかかってきて、「ポートモア・ユナイテッドのクラブ・ハウスへの、屈辱の逆戻り」タクシーは、急遽、予定変更!!「ハーバービューのクラブ・ハウス」に向けて、出発しました。
~~その日の、Yojiの日記には……~~
「……(省略)……この日は正に、『人生最大級』の、屈辱の誕生日となった。しかし、そんな最悪な状況下でも、神はまだ俺を見捨ててなかった。以前、本当に偶然、スタジアムで出くわしたネビル・ベルの手助けで、Harbour View(ハーバービュー)に合流できたのだ。現在、ハーバービューのクラブ・ハウスに居る。ここは、環境面もポートモア・ユナイテッドより優れているし、選手の俺に対する受け入れも、ポートモア・ユナイテッドより良い。残り滞在期間、チャレンジできる日にちは、わずか『1週間』と限られており、正に『崖っぷち』に追い込まれているが、神、そしてネビル・ベルから与えられたチャンス……。大きな自信をもって、堂々と胸を張って、自分の全てを出す。まだまだ、終わっちゃいない!!!」
※以前、本当に偶然、出くわした、ジャマイカの人気TVコメンテーター、ネビル・ベル。僕は前回の記事で、ネビル・ベルとの出会いを「本当、奇跡のような巡り合わせでした。ここで『奇跡』と書いたのは、実はこの後、このネビル・ベルとの出会いが、大きな大きな、ターニング・ポイントになっていくのです……」と書きましたが、実は、こういうことだったのです。あの時、ネビル・ベルに偶然、出くわしていなかったら…。この日、ネビル・ベルが電話してくるのが、あと「10秒」遅かったら……。僕は路頭に迷うことになっていました。これを『奇跡』と言わずして、何というのでしょうか!?
一時は、路頭に迷うかもしれない、危機的状況に追い込まれましたが、周囲の手助けで(僕は、ネビル・ベルはもちろん、マカラのいとこや、マカラの兄にも感謝しています)、地獄の底から、正に奇跡的に、わずかな「光」を見つけ出しました。ホンジュラス大使館から追い出され、山奥の路上で、1人、雨に打たれていた1時間後……、どうにかこうにか、ハーバービューのクラブ・ハウスに辿り着き、ハーバービューの選手やコーチ、スタッフに温かく迎え入れられた時、僕は嬉しくて嬉しくて、感動して、涙が出そうになりました。
涙の誕生日…。正確には、涙は出てないのですが…。
ハーバービューのクラブ・ハウスに到着した時には、もう夜の20時を過ぎていました。よって、練習参加は、翌日からです。
残り滞在期間は、あと、わずかに「1週間」……。
奇跡は起こるのか??
人生を賭けた、最後の挑戦が始まりました……。
つづく
※ハーバービュー・スタジアム、入り口…。最後の最後の闘いが、ついに始まります。残り滞在期間は、あと、わずか「1週間」…。「奇跡」と「成功」を信じて……。
24 december 『ジャマイカ挑戦記~その2~』 壮絶な闘いの幕開け…。Portmore United(ポートモア・ユナイテッド)入団テスト、スタート!! 2006年11月24日(金)
こうして僕は、ジャマイカ上陸の翌日、いきなり「Portmore United(ポートモア・ユナイテッド)」の練習に参加することとなりました。
ここで少し、このポートモア・ユナイテッドがどういうチームかについて、簡単に紹介したいと思います。
僕がこのポートモア・ユナイテッドを最初に知ったのは、実は、約半年以上も前です。ホンジュラスでTVを見てたら、たまたま「CONCACAFクラブ・チャンピオンズ・カップ」という、北中米カリブ海地区のクラブ王者を決める試合を放送していました。その試合が何と、今回、僕が入団テストを受けることになった、ジャマイカの「ポートモア・ユナイテッド」と、先日、日本で行われた「クラブW杯」に出場した、メキシコの「クラブ・アメリカ」との試合だったのです。つまり、ポートモア・ユナイテッドは、ジャマイカ王者としてカリブ海地区の予選を勝ち抜き、「カリブ海地区の王者」として、この「CONCACAFクラブ・チャンピオンズ・カップ」に出場した、「強豪チーム」なのです。
…この試合は、ポートモア・ユナイテッドの「ホーム・ゲーム」…ということでしたが、何と「ジャマイカ国内のスタジアムが使えない。」という、ありえない理由のため、アメリカで試合をしました。アメリカで試合をするなら、メキシコのチームの方が、むしろ近いくらいで、とてもジャマイカのチームの「ホーム・ゲーム」とは言えません。そんな不利な状況下でも、このポートモア・ユナイテッドは、2-2で、クラブ・アメリカと引き分けました。しかし、メキシコで行われたアウェー・ゲームは敗戦し、結局その後、クラブ・アメリカが北中米カリブ海地区のクラブ王者に輝き、先日、日本で行われたクラブW杯に出場しました。 これが、「ポートモア・ユナイテッド」です。つまり、ジャマイカ国内、そしてカリブ海地区でも、屈指の強豪チームであり、現役ジャマイカ代表選手も、多数、所属しています。また、ポートモア・ユナイテッドのGKショーンは、ジャマイカ代表GKでもあり、現在「ジャマイカ国内リーグ最高のGK」と言われています。
…そんなチームに、練習参加(入団テスト)することになったのです。しかし、レンカで不遇の思いをしていた自分にとっては、不安よりもむしろ、「やっと高いレベルにチャレンジできる!!とことん、やってやる!!」と、胸がときめいていました。
11月24日(金)
ついに練習参加の日がやってきました。
昨日の話では、ポートモア・ユナイテッドの車が「昼の12時に、Yojiを迎えに行く」とのことでしたが、12時を過ぎても一向に迎えに来ません!!軽い先制パンチを食らいました。…しかし、こんなのホンジュラスで何度も経験して慣れていたから、心は全く乱されませんでした。
…結局、ポートモア・ユナイテッドの車は、1時間遅刻して(!)、13時に迎えに来て、どうにかこうにか、予定通り(?)、練習に参加することができました。常に、ギリギリの状況、紙一重の闘いです。
練習場に着くと、まず、とんでもなくデカイ選手が、目に入ってきました。彼の名前は、オナンディ・ロウ(Onandi Lowe)。身長188cm、体重92kg!!まるで、ヘビー級のファイターのような、体型です。聞くところによると、このオナンディ・ロウは、ジャマイカ代表選手として、あの98年フランスW杯の日本戦にも、出場したらしいのです。…「だったら、余計にこの選手には、ゴールを決めさせてはならない…」と燃えてきました(オナンディ・ロウはFW)。だって、我らが日本代表は、98年フランスW杯で、このオナンディ・ロウがいたジャマイカ代表に負けてますからね。
…オナンディ・ロウ以外にも、やはりジャマイカの選手は、大きい!!ポートモア・ユナイテッドには5人のGKがいるのですが、みんな僕と同じくらいの身長か(僕は185cm)、僕より高いくらいでした。
しかし……。
なぜだか分かりませんが、そんな選手達を前にしても、全く臆さない自分がいます。それどころか、どんどん自信が溢れ出てくるのです。緊張もほとんど無く、全くもって「自然体」…。とことん、練習を楽しみました!!
…そして、ポートモア・ユナイテッドでの練習参加、初日終了…。
練習後、ふっとスタンドを見ると、何と何と何と、あの超大物人物が!!!!!!!!
ボラ・ミルティノビッチ!!!!!!!!!!!!!!!!
ボラ・ミルティノビッチと言えば、サッカー界では、知らない者はいないくらいの、超有名人!!!5つの異なる国の代表監督としてワールドカップに出場した世界で唯一の監督であり、1986年にはメキシコ、1990年にはコスタリカ、1994年には米国、1998年にはナイジェリア、2002年には中国の監督を務めました。4チームを決勝トーナメントに導いた監督も世界で、彼以外にはいません(中国のみグループリーグ敗退)。…そんなボラ・ミルティノビッチが、一体なぜ、ポートモア・ユナイテッドの練習場に???
…実は、ボラ・ミルティノビッチは、今年より、ジャマイカ代表(愛称「レゲエ・ボーイズ」)の監督に就任していたのです!!それで、ジャマイカ代表監督として、ポートモア・ユナイテッドの練習を視察に来ていたわけです。
まさかまさか、こんな超大物と遭遇することになろうとは…。ジャマイカに来る前には、全くもって想像してなかったことです。ポートモア・ユナイテッドの選手に聞いたところ、ボラ・ミルティノビッチが練習の視察に来たのは、これが初めてだったらしいですから、本当、運が良かったのです。…しかも、実は、ボラ・ミルティノビッチは、ジャマイカ代表監督に就任する前、何と、ホンジュラス代表監督を務めていたのです!!何と言う、巡り合わせ!!!…しかし、ボラ・ミルティノビッチは、ホンジュラスがあわなかったようで、すぐに辞任してしまったのですが…。
ポートモア・ユナイテッド練習参加・初日を終えての、僕の感想は……。大学時代から、約9年間、雨の日も、風の日も、ただの一度も欠かすことなく、毎日、書き続けてきた、僕の「日記」に、この日の感想が書き記してあります。
~~その日の、Yojiの日記には……(あいのり風)~~
「2006年11月24日(金)ジャマイカ上陸・2日目。……今日からいきなり、ポートモア・ユナイテッドの練習参加が始まった。……(省略)……(ジャマイカ、ポートモア・ユナイテッドのサッカーは)スピードやパワーはあったが、全体的には、ホンジュラスの方がレベルが上かもしれない。自分はここのどのGKよりも、実力が上だと思った。紅白戦も突然、出場を告げられたが、しっかり指示を出し、安定したプレーで無失点に抑えた。できうる最大限のことはやった。必ず、成功する!!」
…前述した、オナンディ・ロウには、シュート練習でさえ、ゴールを決めさせませんでした。日記にも書いたように、レベル…特に「技術」に関しては、中南米サッカーのホンジュラスの方が上です。また、GKに関しては、正直、「ジャマイカ国内リーグ最高GK」というショーンと比べても、「俺の方が実力が上だ」と、初日にして、実感ました。
ジャマイカでの最初の挑戦は、まさに最高のスタートを切りました!!!!!!!!!!!!!!!
11月25日、26日の練習はOFF。ロイ・トーマスの家に泊めさせてもらい、ロイ・トーマスの「歌教室(?)」などを見学させてもらうなど、ゆっくり過ごしました。しかし、それと同時に、ポートモア・ユナイテッドの関係者から、次の「練習参加」の連絡がくるのか、どうか??…若干の心配もありました。もちろん、練習参加初日に良いプレーをして、最高のスタートを切った…という実感はあるものの、チーム側が評価してくれなければ、プロの世界は「1日でさよなら」の可能性もあるのです。
※OFFに見学した、ロイ・トーマスが通う、「歌教室」。手前が、熱唱するロイ・トーマス。やはりジャマイカは、音楽が欠かせないようです。
※ロイ・トーマスの友達たちと、食事。
※ロイ・トーマスの家にて。僕が上に着ているのは、ロイ・トーマスがジャマイカ代表コーチ時代に着用していた、ジャマイカ代表ジャージ。そして、その下に着ているのは…。
※ホンジュラス代表のユニフォーム!!!ここに、「ホンジュラス&ジャマイカ」の、夢のコラボレーションが実現しました!!!…今回、僕は、日本人としての「誇り」はもちろん、ホンジュラスのプロサッカー選手としての「誇り」も背負って、ジャマイカに乗り込んできたのです…。
※ロイ・トーマスの家の壁に貼られた、「ジャマイカ・ナショナル・プレミアリーグ」のポスター。物凄いインパクトです(笑)。
※これが、ジャマイカの「ストリート・サッカー」です!!!ジャマイカでも、サッカーは大人気!!!
※「おりゃーー!!」…シュートを「あさって」の方向に飛ばした、決定的瞬間!!!
※「あさって」の方向に飛んでいったボールを、探しに行く人…。落ちるなよー!!
※サッカー場の水を、ただ、ひたすら、掃く人。
※夜の町並み。
11月27日(月)
ポートモア・ユナイテッドのチーム関係者から、ロイ・トーマスに、「練習参加継続」の電話がかかってきて、無事、この日も練習参加することができました。1日1日が勝負なのです。
この日は、ジムでフィジカル・トレーニングのみ。
練習後、ポートモア・ユナイテッドのGM(ゼネラル・マネージャー)に呼び出されました。何かと思ったら、
「今日から、ポートモア・ユナイテッドのクラブ・ハウスに住みなさい」
…とのことでした。
~~その日の、Yojiの日記には……~~
「2006年11月27日(月)ジャマイカ上陸・5日目。……ポートモア・ユナイテッド練習参加・2日目。また、予想だにしない展開になった。……(省略)……練習後、いきなりチームのGMから『今日から、クラブ・ハウスに住みなさい』と言われた。アメリカでの苦い経験もあるし、集団生活はかなり気が進まなかったが、最終的には、クラブ・ハウスに住むことを決めた。『クラブ・ハウスに住む』と決めた以上は、思いっきり楽しみたい。…というわけで、現在、ポートモア・ユナイテッドのクラブ・ハウスに居る。5日間で、3度目の『住む場所チェンジ』……おもしろくなってきたぞ!!!!」
ポートモア・ユナイテッドのクラブ・ハウスは、決して豪華なものではなく、むしろ、ボロボロ…。そして、狭い部屋に、2人で住まなければなりません。僕は、キャプテンとルームメイトになりました。プライベートを重視する僕には、正直、かなりキツイ状況ですが、中・高校時代にも、寮で「4人部屋」集団生活の経験はあったし、日記にも書いたように、「住む」と決めたからには、とことん、集団生活を楽しんでやろうと思いました。
こうして、ポートモア・ユナイテッドのクラブ・ハウスでの、集団生活が始まりました。
※初公開!!これが、ポートモア・ユナイテッドのクラブ・ハウスじゃ!!!
※ポートモア・ユナイテッドの、クラブ・バス。ちなみにこの人は、クラブの用具係。
※クラブ・ハウスのキッチン。ポーズが決まってます。イエ、マン!!
※ルームメイトで、ポートモア・ユナイテッドのキャプテン、モデス。寝てるところを、隠し撮り!
11月28日(火)
~~その日の、Yoji日記には……~~
「2006年11月28日(火)ジャマイカ上陸・6日目。……ポートモア・ユナイテッド練習参加・3日目。昨日から、クラブ・ハウスでの生活が始まった。昨夜は周りが騒がしくて、ほとんど一睡もできなかった。しかし、『一睡もできない』状況下でのプレーも、レンカで経験済みだ。ありとあらゆる状況に対応できる経験が、自然と身に付いている。自分でも凄いと思う。……今日は走り中心の、フィジカル・トレーニングのみを行った。フィジカルは、ホンジュラスで散々やっていたから自信があったが、ジャマイカの選手は予想以上に速かった…。めちゃくちゃキツくて、脚はもうパンパン!それでも、何とか最後までメニューをこなした。……最後は、シュートを受けた。……(省略)……俺の実力は、正直、ポートモア・ユナイテッドのGKの中でも、ダントツで1番だと思う。きちんと、それが評価してもらえれば、間違いなく契約できる。…夢は一気に広がってきた!!!自分を信じて、突き進む!!」
※クラブ・ハウスにて。干された、洗濯物の数々。その中に……。
※こんなものが干されていました!?ぬいぐるみ!!?…凄いガタイした選手が、こんな可愛い、ぬいぐるみを手洗いして(洗濯機はありません)、干している姿を想像してみて下さい(笑)。しかも、1週間くらい、ずーっと干されていました。…ジャマイカ人……謎は深まるばかりです(笑)。
11月29日(水)
~~その日の、Yojiの日記には……~~
「2006年11月29日(水)ジャマイカ上陸・1週間経過!!……ポートモア・ユナイテッド練習参加・4日目。クラブ・ハウスでの生活も3日目だが、思ったより快適で、心配だった集団生活を、むしろ楽しんでいる。……今日は、初の2部練だった。午前は、朝が早くてなかなかキツかったが、これもレンカで経験済み。ありとあらゆる経験を積んでる者は、強い。初めてヘッド・コーチが来て、彼が蹴るシュートを受け、少しは他のGKたちとの違いをアピールできたと思う。……午後は、GKのみでGK練習した後、ちょっと変則的なルールのゲームを行った。最後の最後に、ルームメイトのモデスにゴールを決められるまでは、無失点に抑えていたのだが…。……今日はさすがに、疲れた。昼に、ロイ・トーマスが、クラブ・ハウスに会いに来てくれた。ロイ・トーマスは、明日から海外に旅立つそうだ。ロイ・トーマスはもういない…。自分の力で、このチャンスを必ずモノにする!!1日1日が勝負じゃ!!」
何と、ここにきて、僕の「エージェント『的』」存在、ロイ・トーマスが、ジャマイカを離れてしまう…という、全く予想外の出来事が起こってしまいました。ロイ・トーマスは、「12月18日」まで、ジャマイカに帰って来ません。そして、僕の今回の滞在期限は、「12月21日」まで……。つまり、これからは、ロイ・トーマス抜きで、自分の力のみで、この異国の地ジャマイカで、闘っていかねばならなくなったのです。
予想外の連続!一体、どうなるのか!?…信じられるのは、己の「実力」のみ…。
…しかし、このピンチに、僕はその「実力」で、活路を見出していくのです…。
※ポートモア・ユナイテッドの、クラブ・ハウスにて。子供が見ているTV番組は、日本の「筋肉番付(?)・サスケ」…。まさか、ジャマイカで「サスケ」を見ることになるとは…。本当に不思議な国だ、ジャマイカは……。
※クラブ・ハウスにて…。いっ!?ピッコロ大魔王の手です(笑)。凄く美味しかったです。
※これは、ジャマイカの伝統的な食べ物。何かは未だに不明(笑)。けど、これまた、美味しい!!
11月30日(木)
前日、ロイ・トーマスがジャマイカを去り、誰にも頼ることができず、自分の力のみで、道を切り開いていかなければならない状況に、追い込まれてしまいました。しかし、このピンチに、僕がこれまで積み重ねてきた「実力」が、大爆発します!!!
~~その日の、Yojiの日記には……~~
「2006年11月30日(木)ジャマイカ上陸・8日目。……ポートモア・ユナイテッド練習参加・5日目。今日は、これまでの中で、最も、自分の実力をアピールできた1日だった。ポートモア・ユナイテッドの、U-21チームVSトップ・チームの紅白戦を行い、俺はU-21チームのゴールを守ることになった。格下のUー21チームのゴールを俺に守らせることで、『攻められる』状況下で、俺の実力を見極めよう…という、チームの考えだろう。…しかし、俺は、U-21チームに入ったにも関わらず、トップ・チームに対して好セーブを連発!!格下であるU-21チームを、『3-0』という、ありえない完封勝利に導く、立役者となった。少なくとも3度は、スーパーセーブでピンチを防ぎ、そして指示により、若いU-21チームを『勝つ』雰囲気にもっていった。PKのピンチもあったが、見事に防いだ。…自分の存在感は、全選手の中でも抜群に際立っていたと確信している。それはもう、ここにいる誰もが認めているはずだ。自分の能力が、ここでも充分に通用する…いや、『おつり』がくるほどのものをもっていることは、証明した。あとは、1日も早くオファーをもらって、契約したい!!…それだけだ」
ポートモア・ユナイテッドの練習に参加してから、自信が、どんどん、増していきました。実際、それだけのプレーをしていました。以前のブログで「例え2リットルの水を持っていても、1リットルの容器しかなければ、1リットルの水しか、入らない」という話をしましたが、ポートモア・ユナイテッドという、レベルの高い環境の中に入り、それまで押さえ込まれていた自分の「水」が、一気に、滝のように溢れ出してくるような感じがしました。…そして、この日、自分の中の「自信」が、「確信」に変わりました。誰がどう見ても、「スーパー」なプレーをして、見ているみんなを、驚かせました。選手たちからは「あんた、日本代表か!?」と聞かれました。現役ジャマイカ代表選手も、脱帽していました。
今までの経験から考えても、これは「成功する」流れです。そして、次の日…。
12月1日(金)
~~その日の、Yojiの日記には……~~
「2006年12月1日(金)ジャマイカ上陸・9日目。……ポートモア・ユナイテッド練習参加・6日目。昨日は最高のプレーをしたが、今日も、非常に良いプレーをした。紅白戦では途中からの出場となったが、しっかり集中し、指示で味方をコントロールした。センタリングから至近距離でダイレクトボレーを打たれ、決定的なピンチを招いたが、ファインセーブで阻止した。このプレーには、練習場が湧いた。難しいバックパスも、軽くコントロールし、足技の技術の高さもアピールした。……(省略)……自分としては、もう充分に自分のプレーを監督、コーチ、選手、GM、マネージャー…全てにアピールしたと確信している。だから練習後、GMとマネージャーに、堂々と胸を張って、自分の契約などについて聞きに行った。…話したところによると、チーム側も、俺と契約する方向で話を進めてくれてるようだ。『ビザも心配ない。こちらに任せろ』と言われた。レンカと違い、やることをきちんとやってくれる人達だと、信じてる。先が見えてきた!」
ついに、契約について、前向きな話が出てきました!!自分としても、「それだけのプレーはしている」との確信がありました。さらに、翌日には……。
12月2日(土)
~~その日の、Yojiの日記には……~~
「2006年12月2日(土)ジャマイカ上陸・10日目。……(省略)……昼に、ポートモア・ユナイテッドのGMと話をした。本当は言いたくなかったが、ホンジュラスでの書類問題のこと、それによって試合に出場できなかったことを、素直に話した。これで良かったのか?ひょっとしたら、これで自身の評価を落としてしまわないか?…とも思ったが、今、自分の実力を存分に見せつけれている…という確信があったので、GMに本当のことを話した。GMはその場でマネージャーに電話し『JFF(ジャマイカ・サッカー協会)に連絡し、YojiのITC(国際移籍証明書)を、ホンジュラス・サッカー協会からジャマイカに送ってもらうこと…』を話していた。全てがうまくいくことを、心より祈っている。実力的には、俺はポートモア・ユナイテッドの救世主になり、ジャマイカで大活躍できるだけのものを、もっているから…」
とうとう、「国際移籍証明書」を、ホンジュラスから、ジャマイカに送ってもらう話が、GMの口から出てきました!!これはもちろん、「ジャマイカでプレーするため」です。他国でプレーするには、以前プレーした国のサッカー協会から、国際移籍証明書を送ってもらう必要があるのです。「国際移籍証明書をサッカー協会にリクエストした」ということは、裏を返せば、「チームは契約の意思がある」ということです。まだ、具体的な「契約」の話は出てませんが、この日はGMから、「ホンジュラスでいくら給料をもらっていた?」と聞かれ、金銭的な話も、少し行えました。
極めて順調…。「契約」まで、もう目の前です!!!
※ポートモア・ユナイテッドのコロンビア人選手ジーザス。ジャマイカでは、数少ない、ラテン系の選手です。彼は英語が話せず、僕が、チームメイトが話す英語を、彼にスペイン語で通訳してあげることもありました。まさか、ホンジュラスで覚えたスペイン語が、ジャマイカで役立つとは…。しかも英語だって、アメリカに居たからこそ、曲がりなりにも話せるようになったんです。いろんなことが、こうして将来の糧になってるんですね。人生、本当に面白いです。
※「ジャマイカ国内リーグ最高のGK」と言われる、ポートモア・ユナイテッドのGKショーンにもらった、GKグローブ。これに、日本語で魂を込めて文字を書き込みました。
※すると、このGKグローブを見た少年が、「この字が好き!この字を腕に書いて!」と言ってきました。少年が好きだと言った字とは……「日本代表」でした!!全然、意味は分かってないはずなのに、僕の夢=「日本代表」を、見事に見抜くとは!!(?) ますます、ジャマイカ人って、不思議だ…。けど、かなり、おもろい!!
※クラブ・ハウスにて。なぜか中国の「CCTV」の番組が…。もう、何でもありのジャマイカです!!!
12月3日(日)
この日は、「ジャマイカ・ナショナル・プレミアリーグ」の、ポートモア・ユナイテッドの試合観戦に行きました。スタンドに、「これぞ、ジャマイカ!」って人がたくさん居て、見ていて、非常におもしろかったです。
※頭が「サイバイマン」な人達…(ドレッド・ヘアに、帽子をかぶせているんです)。相手チームのサポーターです。
※試合そっちのけで、陽気に歌を唄ってるおじいさん。
※ちらかりまくった、ピーナッツの残骸…。こうやってジャマイカ人はタンパク質を補給し、あの「脅威のガタイ」を作りあげていくんですね(笑)。
※ジャマイカンなサポーター。この人、観客席から、しきりに大声で、選手に指示を出していました(笑)。しかも、かなり具体的な(笑)。気分はもう、監督です。イエ、マン!!
※ジャマイカンなサポーター。この人、だいぶ前の映画「不夜城」に出てくる、椎名桔平が演じる役の人(フーチュン?)に似ていると思うのですが…。分かる人いるかな~??
※「サイバイマン」な人。ここまでくると、「フリーザ第2形態」にも、匹敵します。デカイ!!
※ジャマイカンなサポーター。ぐるりと回ったヒゲが渋いです。
※「サイバイマン」な人。頭に乗っかったサングラスが、ポイントです。
※陽気で明るいサポーターたち。サングラス姿の子供が、めちゃ可愛い!!!
※スタジアムのすぐ横にある、刑務所。なぜ、刑務所の横に、スタジアムが!?…全くもって、謎です。不思議大国ジャマイカ…。
※スタジアムで、こんなトラックを発見!!!なぜ、ここに「石鍋商店」のトラックが!?(笑)…ジャマイカ…ますます、分からなくなってきた(笑)。
※試合後、スタジアムにて。
この日の試合観戦後、ポートモア・ユナイテッドのマネージャーから、重要な発言をされました。
~~その日の、Yojiの日記には……~~
「2006年12月3日(日)ジャマイカ上陸・11日目。……(省略)……試合後、チームのマネージャーから『明日、YojiのITC(国際移籍証明書)を、JFF(ジャマイカ・サッカー協会)に、申し込む』と言われた。全てがうまくいくことを、心から祈る。そして、1日でも早く契約し、ホッとしたい…」
ITC(国際移籍証明書)が届けば、ジャマイカでプレーできます!!以前はビザの話もしたし、確実に、契約に向けて、事は進んでいます!!!
また、この日は、スタジアムで、本当に本当に偶然、後に、僕にとって重要な存在になる人物と出会いました。彼の名は、ネビル・ベル。ネビル・ベルは、この日の試合のTV実況を務めていて、ジャマイカでは知らない人がいないくらい、有名なTVコメンテーターらしいです。全く会ったことも無かったのに、「あんた、ひょっとして、例の日本人GKか!?」と、話しかけてきました。「何で、俺を知ってるの!?」…聞いたところによると、実はこのネビル・ベル、今回、ジャマイカでの「エージェント『的』」役割を担ってくれることになった、ロイ・トーマスの親友らしくて、ロイ・トーマスと共に、今回、僕をチームに練習参加するチャンスを作ってくれた人物だったのです。…まさか、こんなところで、偶然、出くわすとは…。しかも、向こうから話しかけてこなければ、こっちは気付いてなかったわけで、本当、奇跡のような巡り合わせでした。ここで「奇跡」と書いたのは、実はこの後、このネビル・ベルとの出会いが、大きな大きな、ターニング・ポイントになっていくのです……。
※ジャマイカの有名コメンテーター、ネビル・ベル。
12月4日(月)
この日は、ポートモア・ユナイテッドのコーチの1人と、いろいろ話す機会がありました。彼の名は、ディクソン。実はこのディクソン、過去の日本代表との対戦…3試合全てに(98年フランスW杯、ハッサンⅡ世国王杯、4年前の東京での親善試合)、ジャマイカ代表選手として、そこに居たそうです。特に、4年前の東京での親善試合(1-1で引き分け)では、キャプテンとして、中田英寿選手をマークしたらしい。…つまり、彼ほど「日本サッカー」を知ってる「ジャマイカ人」はいないってことです。
だから、ディクソンに「日本のサッカーの印象はどうだったか?」と聞いてみました。
するとディクソンは「あ、ああ、良かったよ…」と、一応、答えました。
しかし、「何が良かったのか?」…聞くと、残念ながら、出てこない…。
逆に、「悪いところは?」と聞くと、
「とにかく、フィジカルが弱い」と、すぐ出てきました。
また、「日本代表のGKの印象はどうだったか?」と聞くと、
「正直、日本のGKは良くなかったね」と言われてしまいました。実は、日本のGKに関しては、他にもいろんなジャマイカ人に聞いたのですが、特に98年フランスW杯で、ジャマイカに2ゴールを奪われたGK川口能活選手に関しては「良くなかった。イージーだった」と、みんなに言われてしまいました。
日本ではなぜか、ジャマイカを「格下」扱いする人が多くいますが、根拠はありません。逆にジャマイカからしたら、「日本」と言えば「自分達に、W杯で負けた国」でしかないのです。悔しいですが、これが、現実なのです。4年前の、日本のホームで行われた親善試合でも、日本はジャマイカに勝てませんでしたから、どちらかと言うと、日本の方が「格下」なのではないでしょうか?
僕はディクソンに、「俺と一緒に、日本に遊びに行こうよ!」と誘ってみると、「いや~、行きたくない。移動や時差が、半端じゃなく疲れる」と、まいってました。これは以前、キリン・カップで来日した、ホンジュラス代表選手も、同じことを言ってました。それくらい、日本が、日本のホームで試合をするということは、他国(特に南米、北中米カリブ海地区のチーム)にとって、ハンデがあるということです。…これから日本人は、もう「名前だけ」で相手を見下すのは止めて、しっかり自分達のことを客観的に見つめ直すことが必要だと思います。日本人が思ってるほど、日本のサッカーは海外で評価されてないってことを、いろんな国を渡り歩くことで、痛感しました。 また、ディクソンには、他にも、おもしろいことを聞きました。98年フランスW杯…。例の、「日本戦の前に、ディズニーランドに行って遊んでいた、ジャマイカ代表」の件です。
「何で、日本戦の前に練習せず、ディズニーランドに行って遊んでいたんだ??」とディクソンに聞きました。
するとディクソンは笑みを浮かべて、こう答えました。
「いや~、だって俺達(ジャマイカ代表)、フランスに行ったのはあれが初めてだったし、やっぱ、せっかくだから観光もしたいじゃん。リフレッシュだよ、リフレッシュ(笑)」
…ちょっと、唖然としました。それでも、結局、勝ったのはジャマイカだったのです。
あの時、岡田監督は必死に必死に作戦をたて、選手も「悲壮感」をもって、一生懸命、闘いました。しかし、この「悲壮感」や、日本人の良いところでもあるのですが「真面目」過ぎるところが、逆に、シンプルで、簡単なことまで、難しくしてしまってるんじゃないかと、このディクソンの話を聞き、改めて感じました。
そんなディクソン…。僕のことは評価してくれてるみたいです。「Yojiの技術は、非常に高い」と褒めてくれました。僕は日本でサッカーしていた頃、「技術の無さ」がプロ入りのネックになっていました。それが、「中国→アメリカ(イングランド)→ホンジュラス…」と渡り歩き、特にホンジュラスでは、レンカで不遇の状況の中でも、日本代表になるために、技術の高い中南米人の中で、徹底的に、とことん技術を鍛えまくりました。その結果、自分が思っていた以上に技術が向上し、かつて「弱点」と言われた僕の技術が、今では「技術の高さ」が持ち味になるほどまでに、成長してしまいました。何だか、本当に不思議な感じです。かつて「弱点」だったものが、気が付いたら、今、「持ち味」になってるなんて…。
今までやってきたことが、ここにきて一気に大爆発し、ジャマイカでちゃんと評価され始めました…。契約も、もう間近という状況まできました…。
ジャマイカでの残り滞在期間…、リミットはあと「16日間」……。無事、契約を決めることができるのか!!?
この後、信じられないような「大どんでんがえし」が、僕を待っていようとは、この時はまだ、知る由もありませんでした……。
つづく
※ちなみにジャマイカの公用語は、英語です(昔、イギリス領だった影響です)。
23 december 『ジャマイカ挑戦記~その1~』 ついに上陸、ジャマイカ!!人生を賭けた闘い、スタート…。 2006年11月23日
ついに、ジャマイカに旅立つ日がやってきました。
旅立ち前日…。マカラは僕に「誰にも何も告げることなく、そのままジャマイカに旅立った方が良い」と言いました。理由はいろいろあるのですが、まず、ホンジュラスのあまりの治安の悪さがあげられます。もし僕が「ジャマイカに行く」ことがたくさんの人にバレたら、その情報を得た泥棒が、僕を襲いにくる恐れがあるのです。日本人には信じられない話かもしれませんが、ここホンジュラスは、それくらい治安が悪い。「命」のために、細心の注意を払う必要がありました。
だから、レンカのチームメイトにも、ほんの一部の選手を除いて、「お別れの挨拶」を交わすこともなく、ジャマイカに旅立つこととなりました。レンカの会長にも、何も告げていません(←これも、マカラのアドバイス)。もう、レンカに戻ることはできないし、自分自身も「レンカに居ては、日本代表になれない」という気持ちがあり、「レンカに戻る」という選択は、頭の中から外してあります。……退路は断った。もう、前だけ見て、ジャマイカでとことん、やるしかない状況です。
…しかし、なぜだろう?普通ならプレッシャーがかかる状況だが、なぜだか、全く、緊張しない。臆さない。むしろ、ジャマイカでの新たな挑戦を想像すると、ワクワクしてきて、しょーがないんです。自信も、どんどん湧き出てくる…。
さー、「レゲエの国」ジャマイカに向けて、いざ出発じゃ!!
※レンカのチームメイトが、プログレッソから、サン・ペドロ・スーラ空港まで車で送って行ってくれました。早朝にも関わらず、快く僕を送ってくれたチームメイト…。ありがとう!!(涙)
※サン・ペドロ・スーラ空港にて。出発直前。ジャマイカは、生まれて初めて経験する、黒人社会。しかし、ホンジュラスにおいてはこのように、黒人との相性はむしろ良かったんです。だから、何も心配することなく、ジャマイカに旅立ちました!
※ここで久々「今日の『ありえない!』~~その11~~」
ホンジュラス・サン・ペドロ・スーラ空港にて…。「持ち込み禁止物」の一覧表みたいだが、よく見ると……??
※んん!?手裏剣!!??いやいや、さすがに手裏剣を持ち込む人はいないと思うんじゃけど…(笑)。どうもホンジュラスには、忍者が生息しているようです(笑)。
※さあ、離陸じゃ!!機内から見える、ホンジュラスの大自然。いろいろな感情が、頭をよぎる…。
※アメリカ・マイアミ空港で乗り換え。ジャマイカの首都キングストン行きのチケット。
※長いフライトを経て、ついにジャマイカ着陸直前!!美しいジャマイカの空が、僕を迎え入れてくれました…。
そして、とうとう、ジャマイカに上陸!!!!
かねてからあったイメージ「ジャマイカ上陸」が、ついに実現した瞬間でした。まさか、本当の本当に、ジャマイカにやって来る日がこようとは…。「願いは叶う」ことを、改めて感じた瞬間でした。
※ジャマイカの首都キングストンの空港にて。
そして、入国審査。
「入国の目的は?」と聞かれます。
「サッカーチームの入団テスト…」と答えます。
怪しがる、係員。「どのチームの入団テストを受けるんだ?」と、再度、質問してきます。
「えーと、Portmore United(ポートモア・ユナイテッド)と、Harbour View(ハーバー・ビュー)……」
……係員の顔つきが変わりました。「ポートモアと、ハーバー・ビュー!?本当か!!??」
実は、ポートモア・ユナイテッドと、ハーバー・ビューは、ともにジャマイカ国内最強チームの1つと言われる、有名なチーム。だから、係員も驚きを隠せないようです。
さらには、僕を空港に迎えに来た、今回、ジャマイカで、僕のエージェント「的」な役割を担ってくれることになった、ロイ・トーマスという人物を係員は見て、
「あんた、ロイ・トーマスの知り合いなのか!?」と、また驚きました。
どうも、このロイ・トーマスは、元ジャマイカ代表チーム(愛称は「レゲエ・ボーイズ」)のコーチを務めていて、これまたジャマイカ国内では、有名な人らしい。「知り合いか?」って聞かれても、会ったのは今日が初めてなんじゃけど(笑)。ちなみに上に、「エージェント『的』」と書きましたが、ロイ・トーマスは実はエージェントではないんです。現在は、大学で先生をしています。しかし、かつて、ジャマイカ代表でコーチを務めていたこともあり、ジャマイカ・サッカー界の有力人物を知っているから、今回、僕をチームに紹介してくれることになったのです。
※どうにか入国審査を終え、ついに、今回、エージェント「的」な役割を担ってくれることになった、ロイ・トーマスと、初対面!!ホンジュラスに居た時、電話だけでやりとりしていた人物が、今、現在、僕の目の前に居る…。考えれば考えるほど、不思議な出来事です。だから、考えない(笑)。本能と流れに任せて、進んでいくのみです!!
もし、空港にロイ・トーマスが迎えに来てくれてなかったら、その時点で僕は、窮地に立たされていたわけです。未知の国・ジャマイカで、1人ぼっちに…。ホンジュラスで電話でやりとりしていたとは言え、会ったこともなかった人物。ジャマイカ上陸前は、このロイ・トーマスが、本当に空港まで迎えに来てくれるのか、確信は無かった…。つまり、全てが究極の「綱渡り」的、状況なんです。それでも、信じて前に進むのみ!!!
キングストン空港から、ロイ・トーマスの車に乗り込みます。今夜は、例の「マカラの、会ったこともない、いとこ。」の家に泊まることになりました。ロイ・トーマスの車で、そこまで送ってもらいます。
車と言えば、ジャマイカは日本と同じく、「右ハンドル、左側通行」です。これは珍しい。中国も、アメリカも、ホンジュラスも、大抵の国は「左ハンドル、右側通行」。しかし、そう言えば、イギリスも日本と同じく「右ハンドル、左側通行」でしたが、ジャマイカはかつてイギリスの支配を受けていたらしいから、車の「右ハンドル、左側通行」も、イギリスが影響しているのでしょうか?
しかも、実は、ジャマイカと日本、これ以外にも共通点や、似てる面が多いんです。
☆ジャマイカ&日本(イギリスも)→「島国」
☆ジャマイカ・サッカー協会(Jamaica Football Federation)…通称「JFF」
日本サッカー協会(Japan Football Association)…………通称「JFA」
ちなみに、僕の好きなJリーグチーム…………………………………「JEF」 全部、似ている!!何だか、縁起がエエぞ!!
☆W杯初出場→ジャマイカ、日本共に、「98年フランスW杯」。しかも、同組で対戦!!
さらに、その後、ジャマイカで生活して分かったことは、意外にもジャマイカ人、日本人みたいに、律儀で、親切、几帳面…。しかも「すみません」って結構、言う。中国人、アメリカ人、ホンジュラス人は、ほとんど「すみません」なんて言わない(笑)。ジャマイカと、日本……似ています。
また、車に至っては、日本と同じ「右ハンドル、左側通行」なのが影響してか、日本語が書いてある、日本車が、そのまま日本からジャマイカに入ってきている!!
↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓
※「高速道路80Km 一般道路 法定速度で走行中」と日本語で書かれたトラックを発見!まず、間違いなく、ここに日本語で書かれたことを、守ってないだろう(笑)。…っていうか、その突き出した「木」が、すでに「法」に反しているような気がするのだが…(笑)。この写真を撮る時、写真に写っている人物は「撮るな!」と怒りました。それでも、彼が後ろを向いた隙に、魂でこの写真を撮りました。つねに「危険」と背中合わせ、全てが究極の「綱渡り」です…(笑)。
上のトラックの写真は、ジャマイカに上陸してから、3日目くらいの写真です。数日後、「福山通運」のトラックが走ってるのを見た時は、衝撃を受けて、腰を抜かしそうになりました(笑)。なぜ、こんな所に「福山通運」のトラックが…??
こんな感じでジャマイカは、初めて来たのに、初めてって感じがしない、どこか「懐かしい」感じすらする、自分にとって非常に良い場所だ…という第一印象を受けました。
話が少し脱線しましたが、日にちはまだ11月23日、ジャマイカ上陸初日。
夜。マカラのいとこの家に向かう車の中で、ロイ・トーマスに電話がかかってきました。「ポートモア・ユナイテッド」からだ。そして、いきなり明日、ポートモア・ユナイテッドの練習に参加することが決定しました。実は、この時、最初にポートモア・ユナイテッドに練習参加(入団テスト)することになったことが、後々、大きなターニング・ポイントになっていくのですが……。
マカラのいとこの家では、僕のためのベッドは無く、ソファーで寝ることになりました。しかも、蚊が尋常じゃないほど多くて、蚊と格闘していて、あまり熟睡できませんでした。さらには、ジャマイカ上陸2日目から、いきなり練習参加という、強行スケジュール…。疲れは当然、あります。しかし、プロは言い訳無用。与えられた状況下で、最高のプレーをするしかないんです。
そして、翌日。11月24日。
ついに、ポートモア・ユナイテッドでの、最初の闘いの火ぶたが、切っておとされました……。
つづく
※ジャマイカンなテレフォン・カード。
22 december お久しぶりどす。 どうも!お久しぶりどす!…実は今日、予定通り、4週間のジャマイカでのトライアウトを終え、ホンジュラスに帰って来ました。
僕は今回、ジャマイカに、「ビザ無し、パスポートのみ」で入国したため、この場合、いかなる理由があろうとも、ジャマイカでの滞在期間の延長はできない国の決まりがありまして、今日、こうしてホンジュラスに帰って来ることとなりました。本当は「片道切符で!」ジャマイカに乗り込んでやりたかったのですが、これまた「ビザ無し、パスポートのみ」だと、「片道切符」だと、入国すらできない恐れもありまして、ホンジュラスへの「往復切符」をあらかじめ買っておかなければならない状況でした。
ジャマイカでの挑戦は、当初の想像を遥かに絶する、凄まじいものでした。これをブログに書くには、それだけでも、相当のパワーが必要となります。とにかく、尋常ではない、ジャマイカでの4週間でした。
…現在、ホンジュラス時間で夜の0時20分…。ジャマイカでの話しをブログに書く気力が、残ってません(笑)。だから、今日はもう、寝ます。明日、できれば、ジャマイカでの話しを、ブログに書こうと思ってます。
…最後に。ジャマイカでは、身近にネット環境が無くて、ブログの更新はもちろん、メールのチェックすら、2回しかできませんでした。僕がジャマイカに居た際、メールをくれた友達や、ブログにコメントを残して下さった方々…返事が遅れて申し訳ありませんでした。ジャマイカでは、ネットをすることさえ、ままならなかったんです。
それでは、今日はもう、寝ます……。グゥ~……。
※飛行機から見える、ホンジュラスの空。
※ホンジュラスのサン・ペドロ・スーラ空港に到着すると、こんな光景が…。
※ちなみに、現在のブログの背景カラー「赤・黄・緑」について、前々回の記事で「ジャマイカのシンボル・カラー(?)」と書きましたが、現地でジャマイカ人に聞いたところ、どうも、「赤・黄・緑」はアフリカのシンボル・カラーとかで、そのアフリカからジャマイカにやって来た人がどうとかこうとか……で、全然、説明になってませんが(笑)、要するに、ボブ・マーリーなどで有名な「赤・黄・緑」は、正確には「ジャマイカのシンボル・カラーではない。」ことが判明しました(ジャマイカ人談)。…ジャマイカのシンボル・カラーは、国旗のままに「黒・黄・緑」だそうです。けど、僕は「赤・黄・緑」が気に入ったので、当分、ブログの背景は、このカラーでいこうと思います!
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