| Profiel van Yamano★★★「26歳」からのプロサッカー人生!不可能を...Foto'sWeblogLijsten | Help |
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31 januari 開き直った者に、怖いものは無し!!
前回の記事を書いてから、ちょうど1週間が経過しました。 毎日毎日、「予想外」「ありえない」が起こる、ホンジュラス…。 当然、「1週間」とて、同じ状況は持続しません(笑)。またも、怒涛の1週間となりました。
まず、前回の記事に「どちらにしても、日本からの『荷物』が届くまでの約1ヶ月間は、ホンジュラスに居なければならない。」と書きましたが、その記事を書いた「翌日」、何と何と、「荷物」が届いてしまいました(笑)!! はやっ!!!!!何ちゅー早さじゃ、今回は!?通常、日本から送られてくる荷物は、最低でも「3週間~1ヶ月間」は、かかるのですが、今回に限って、わずか「10日間」で届いてしまいました。もしかして、今、「首都」に住んでるから!?…いやいや、理由はよく分かりません。ただ、「最低でも、荷物が届くまではホンジュラスに居よう。」とブログに書いた「翌日」に荷物が到着したので、さすがに驚きました(笑)。
…荷物は届きましたが、今の僕に、「日本に一時帰国する」気持ちはありません。先週1週間は、前回の記事に書いたように、サッカーを『笑顔』で『楽しみ』、『幸せ』と『充実』を感じながら、生活できました。だから今は、ホンジュラスでやれる限りのことをやる………「結果」ばかりに執着せず、「自然体」で、とことん、人生を楽しんでやるつもりです。完全に、「開き直り」ました!!
日本の家族からの「荷物」の中には、僕の「エネルギー源」……日本の雑誌や、TVドラマなどの録画DVD、そして、我らが日本が世界に誇る「味噌汁」が入っていました(笑)。これでまた、「エネルギーの補充」ができます。…ちなみに、荷物の中には、「浦和レッズ優勝記念特集雑誌」が入っていましたが、僕が大の「ジェフ千葉ファン」と知っていながら、どういう訳か「浦和レッズ優勝記念特集雑誌」を送ってくるところに、親の並々ならぬセンスが感じられました(苦笑)。どうせなら「ジェフ千葉ナビスコ杯2連覇記念特集雑誌」を送って欲しかったものです(笑)。
…しかし、この親からの「荷物」が送られていなければ、僕は先々週、もう日本に帰国していた可能性すらあったので、絶妙なタイミングで荷物を送ってくれたことに、感謝したいと思います。
充実したトレーニングと、充実した生活を送った先週…。そして、その週末…。公式戦(ホンジュラス1部リーグ戦)の前日…。ウニベルシダの選手全員がチーム幹部に呼び出され、ミーティングが開かれました。僕はまだ「練習生」なので、実際は呼び出されてはいないのですが(笑)、勝手にそのミーティングに参加(笑)……。そこでチームの会長から聞いた報告は、何と何と………
「監督交代」
でした……。 うそーっ!!???はやっ!!!!!!!!!! …というのも、リーグ戦が開幕して、まだ「2試合」しか消化していません!!! 開幕戦は、アウェーで強豪チームに引き分け、第2節は、ホンジュラス最強チーム「Olimpia(オリンピア)」に負けたとは言え、チームのムードは、決して悪くはありませんでした。確かに、現在、ウニベルシダは2部リーグ降格圏内にいて、厳しい状況には変わりありませんが……。 ただ、たったの2試合で監督交代するくらいなら、リーグが始まる前から、新監督を迎えておいた方が、良かったと思うのですが…(チームはリーグ開幕前、ギリギリまで監督がいない状況でした。新聞などでも散々、『新監督は誰か!?』と騒がれたのですが、結局、チームで5年間、アシスタント・コーチを務めた人物を、監督に昇格させました。しかし、その人物は過去に監督経験が無く、物議を醸し出していました)。それに、「明日が試合。」という状況で、普通、「監督交代」するかよ(苦笑)!!!??? 「タイミング」悪過ぎ!! じゃー、この1週間、試合のために「前監督」と一緒に練習してきたことは、一体、何だったのか!? それに、せっかく先週から、やっと「前監督」と、コミュニケーションがとれるようになってきていたのに…。まあ、「前監督」は、監督交代させられましたが、元の「アシスタント・コーチ」に降格したのみであり、引き続きチームには残るので、今まで自分が行なってきた「アピール」や、少しずつ彼(前監督)と「コミュニケーション」がとれるようになってきたことは、無駄にはなっていません。
…翌日…。こうして「ドタバタ劇」の末、チームは試合を迎えました。「新監督」が指揮するのは「来週」からであって、この日の試合は、すでに「コーチに降格」が決まっている「前監督」が、暫定的に監督を務める…という、極めて変な状況でした。「チームのモチベーションなどが心配だな…。」と思っていたら、案の定、以前、僕が練習生としてプレーしていた「Marathon(マラトン)」相手に、ボコボコにやられてしまいました(笑)。…ありゃりゃ~、やっぱりこうなったか~…(苦笑)。
…正直言って、ウニベルシダは、レンカより弱いかもしれません(ちなみに資金面でも、ウニベルシダは「1部リーグ1の貧乏チーム」と言われており、おそらく、レンカよりも貧しい…)。特にGKのレベルは、レンカの方が、どう考えても上です。しかも、これまた「予想外」「ありえない」ことに、ウニベルシダの3人居るGKの内、有望な若手である1人は、昨年までの僕と同様、「書類問題」で、未だ正式な「出場資格」が得られてない状況です!!その若手GKは「ホンジュラス人」です!!外国人でなくとも「書類問題」が起こるホンジュラス…(苦笑)。この若手GKは「もし、来週もこの状況が続くなら、チームを出る。」と言ってました。…そうなると、ウニベルシダに残るGKは「2人」になりますが、レギュラーの「メキシコ人GK」…じゃない方の1人は、どう考えても、「実力不足」です。これで、もし、レギュラーの「メキシコ人GK」が怪我でもしようものなら…このチームは「壊滅」の危機を迎えるでしょう。…しかし、ウニベルシダに、新しいGK…特に「外国人GK」を獲得するようなお金はありません。何せ「1部リーグ1の貧乏チーム」ですからね(涙)。
…さて、話変わって、その試合の前日……。首都のスタジアム(Estadio Nacional「エスタディオ・ナショナル」)にて、「ホンジュラス代表VSデンマーク代表」の親善試合が行なわれました。実はこの試合会場となった「エスタディオ・ナショナル」は、現在、僕が住んでいるホテルから、徒歩10分の場所にあります。こんな「縁」はめったにありません。よって、スタジアムに、試合観戦に行ってきました!!! 本来なら、スタジアムで写真を撮って、その様子や雰囲気を「写真付き」で紹介したかったのですが、現在、いろいろあってプログレッソのカルメンにカメラを預けており、写真撮影ができないのです…(カメラをカルメンに預けている理由は、また今度、説明いたします)。 今回、僕がスタジアムまで、わざわざ試合観戦に行った理由は、 まず第1に…「徒歩10分で行ける場所だったから。」(笑) 第2に………「日本代表を目指す上で、『代表の試合』というものをできるだけ多くスタジアムで生観戦し、そのレベルや雰囲気を肌で感じておく必要があったから。」 第3に………「『エスタディオ・ナショナル』でプレーしたことが無かったので、もし、ホンジュラスの1部リーグのチームと契約した場合、ここで試合があるから、その雰囲気も感じておく必要があったから。」 第4に………「ただ単に、楽しみたかったから。」(笑) ……です。
試合の方は、「1-1」で引き分けでした。試合はほぼ、ホンジュラスが支配していたのですが、「勝負弱い」という悪癖が出てしまい、ホームにも関わらず、ホンジュラスは勝ちきれませんでした。試合中も、試合後も、サポーターからはブーイングが飛んでいました。それどころか、試合は支配しているのに、なかなかゴールを決めきれない自国代表チームに苛立っていたホンジュラス・サポーターは、デンマーク代表が先制ゴールを決めた瞬間……「ブーイング」ではなく、何と、皮肉を込めて「歓迎」の「デンマーク!デンマーク!」コールを大合唱しました。……デンマークを応援したのです。これはある意味、「ブーイング」よりキツイと思います。ホンジュラス・サポーターは、めちゃくちゃ厳しいです。…ただ、イキ過ぎの感もあります(笑)。これには試合後、ホンジュラス代表・監督や、何人かの選手も怒っていました(笑)。 ※「ホンジュラス代表VSデンマーク代表」の試合の様子。2人がかりでホンジュラス代表選手の突破を防ごうとする、デンマーク代表選手。(ユニフォーム「白」がホンジュラス代表、「赤」がデンマーク代表。)
ホンジュラス代表の試合内容は、決して悪くはなかったです。相手は、「国内組」中心のメンバー構成だったとは言え、ヨーロッパの強豪デンマーク。それでも、そのデンマークと比べても、ホンジュラス人選手のトリッキーな「技術」や、「身体能力」の高さは、際立っていました。やはり、ホンジュラス人選手の潜在能力の高さは、相当なものです。
…ちなみに、この試合はホンジュラス代表も「国内組」中心のメンバー編成で、ダビッド・スアソ(イタリア・セリエA・カリアリのキャプテン。作シーズンは何と「22ゴール」をあげて、セリエA得点ランク3位!!昨日、イタリア・サッカー界の「2006年度・最優秀外国人選手賞」に、ACミラン所属のブラジル代表カカーと共に選ばれました!!ホンジュラス…いや、北中米カリブ海地区・最高のFWです!!)などの「ヨーロッパ組」は、1人も出場してません。また、豆知識としては、現在、小笠原選手がプレーしているセリエAのメッシーナでも、エドガルド・アルバレス(前ASローマ所属)という、ホンジュラス代表選手が活躍しています(彼も、今回のデンマーク戦には参加していません)。 ※「北中米カリブ海地区・最高のFW」との呼び声高い、ホンジュラス代表ダビッド・スアソ。昨日の、イタリア・サッカー界「2006年度・最優秀外国人賞」受賞式の様子。あれだけ、世界の名だたる「つわもの」外国人選手がひしめく「セリエA」にて、「最優秀外国人選手」に選ばれる……これは、本当にとんでもないことですよ!!ホンジュラス人選手の能力の高さを、世界に知らしめる、象徴的な選手です。(レンカのチームメイトだった、ダビッド・スアソの実兄弟、ルベンとヘンリーは、よくダビッド・スアソからもらった、カリアリのユニフォームや、シューズを履いていました。この3人、やはり顔がよく似ていました。兄弟の写真が無いのが残念です。ちなみに、兄弟はその他にも、3,4人いるらしいです。)
日本代表は過去、ホンジュラス代表と「キリン・カップ」で戦い、1勝1分けですが、ぜひ今度は、ホンジュラスのホームで闘って欲しいものです(ちなみに、日本戦も、ホンジュラス代表は「ヨーロッパ組」不参加)。そうすれば、ホンジュラス代表がいかにキツイ長距離移動をして、時差ボケもある、過酷な状況下で日本代表と試合をしていたかが、分かると思います。日本のサッカー関係者はよく「Jリーグと代表の日程が噛み合わない。」「過密日程、過ぎる。」「代表合宿の時間が取れない。」…という発言をしますが、ホンジュラス代表がキリン・カップで日本代表と対戦した時には、日曜日にホンジュラス国内リーグ戦を闘い…→確か水曜日に集まって日本へ出発…→全く練習することも無いまま、木曜日に日本で試合…→金曜日にホンジュラスに帰って来て…→その2日後の国内リーグ戦に出場している選手もいました!!本当に、「化け物」としか、言いようがありません!! …今回のデンマーク戦は、ホンジュラスのホームだったとは言え、土曜日に試合をして…→「中0日」で、翌日のホンジュラス国内リーグ戦に出場している選手もいました!!もう「日程が噛み合わない。」とか「過密日程」とかの次元を超越しています(笑)。「モンスター」です(笑)。まあ、休むホンジュラス代表選手もいますけどね。
…また、日本代表は昨年のドイツW杯において、「暑さ」でボロボロになってしまいましたが、ホンジュラスは、1年中…死ぬまで「暑い」んです!!常に「夏」です!!だから、日本代表がホンジュラスで試合をすれば、「暑さ対策」もバッチリです。…他にも、日本代表は、インドかどこかでの試合で「犬が乱入した。」とか、「照明が消えた。」とか、イエメンのホームが「高地だった。」「フィールドがボコボコだった。」という経験をして苦しんだそうですが、ホンジュラスなら、それらの条件を、全て満たしています(笑)。「犬」どころか、「馬」まで乱入してきますし(笑)、1試合で「3度」、照明が消えたこともありますし(笑)、元々、高地な上に、さらに山の頂上で練習したこともありますし(笑)、「フィールドがボコボコ」…どころか、「フィールドが、斜めに15度傾いている」場所での試合もありました(笑)。……以上の理由から、もし日本代表がホンジュラスで試合、もしくは合宿をすれば、相当、成長できるのは間違いありません(?)。だから、ぜひ、日本代表……ホンジュラスに来て下さい!!……川淵キャプテン、いかがでしょうか(笑)??もし、ご希望なら、ホンジュラス・サッカー協会に交渉に行きますよ(笑)。 ※2006年。ホンジュラスの山奥のフィールド。ここで練習試合を行ないました。「馬」「牛」「犬」が乱入している上に、「ゴミだらけ」「ボコボコのフィールド」…さらには、やや「傾いて」います(笑)。ちなみに「高地」でもあります。もう2度とこんな場所で試合はしたくないですが(笑)、これを経験できたことは、いろんな意味でプラスになりました。
…そんなこんなで、「怒涛の1週間」が終了し、昨日、また新たな「1週間」の始まりを迎えました。 気持ちも新たに、 「新監督に、俺の実力をアピールしてやろう!!」
…と思っていたら、何と昨日から、またチームは首都の外に合宿に行ってしまい、僕はそれに参加できず、1人で自主トレすることとなりました。
…けど、もう、どんな状況に陥っても、何が起こっても、怖いものは無いですよ!!!! 1度は「日本への一時帰国」も考えていた身です。だから、それで逆に「開き直った」というか、気が楽になりました。 こういう「流れ」「タイミング」の時も、長い人生の中で、当然ありますよ。 こういう時は、変に「流れ」「タイミング」に逆らわず、「まあ、こういう時もあるわ。」くらいの気持ちで、気長に構えておいた方が良さそうです。これも、最近、学んだことです。僕も「27歳」になり、少しは、考え方が大人になりました(笑)。 それに、「流れ」「タイミング」が好転する時というのは、ある日、突然、何の前触れも無しに訪れますからね。その時に最大の力が発揮できるよう、今はこの状況の中で、「楽しみ」ながら己を向上させるのみです。今後、必ず自分でも驚くような、好展開がやってきます!! ちなみに、チームが合宿で離れてしまったり、「練習生」ということで、練習機会が制限されたりしてますが、だからこそ、今の僕は、1つの練習に賭ける「意気込み」と「集中力」が、極限まで高められています。つまり、こんな状況でも、大いに自分のためになっているのです。
開き直った者に、怖いものは無し!!!何でもかかってこーーーーーーい!!!
…って、言ってたら、先日ホテルで、「蜂」に腕を刺されてしまいました(涙)。いや、蜂は、かかってきて欲しくないな(笑)。…けど、「タランチュラ」じゃなくてラッキーでした(笑)。まだまだ、僕には「運」が残っています!!
では!!! 24 januari 自然と導き出された、極めてシンプルな「答え」。 どうも、お元気ですか?
まず、最初に…。
前回記事のコメント欄に、いくつか、以前の「プレゼント企画」…ホンジュラスが誇る「カフェ・ウェルチェス」の当選者から、生の「感想」のコメントが届きました。なぜか「パナマ」を経由し(笑)、たくさんのトラブルを乗り越えて日本に届いたため、予定より大幅に到着が遅れてしまいましたが、とにもかくにも、無事に届いてホッとしました。…もし良ければ、当選者からの「感想のコメント」も、覗いてみて下さい。前回記事のコメント欄に、掲載されてます!!
さて…。
いつも、僕のブログ記事は長文になってしまうのですが(笑)、今日のタイトルがタイトルだけに、今回は「シンプル」に、短くまとめたいと思います。
「人生の『流れ』と『タイミング』。」……の中で、
「現時点での、ホンジュラスでの挑戦を続けるべきか?」
「一時、日本に帰国して、リフレッシュしてから、再出発を切るか?」
…この2つの選択の中で、葛藤を続けていた自分ですが、今日、「一応」、決着がつきました。
今日は1週間ぶりに、「Universidad(ウニベルシダ)」の練習に参加できました。先週、チームは、首都の外に合宿に行ってしまい、現在、まだ、「ただの練習生」にすぎない僕は、それに参加することを許されず、「1人」で、首都の街を走ったり、ホテルの階段を走ったりして、「自主トレ」する日々を過ごしました。そんな中、前回の記事に書いたような「葛藤」が起こったんです。
しかし、
「まず、今日の練習に参加してみよう。そこで何かを感じるはずだ。それから決断を下しても、良いんじゃないか?」
と思い、チームの練習に参加しました。
1週間ぶりに再会したウニベルシダの選手達は、暖かく僕を迎え入れてくれました。
僕は今日、
「ただ純粋に、『笑顔』でサッカーを『楽しみ』…」
「今、レベルの高い集団の中で、サッカーできること、挑戦できることに、心の底から『幸せ』を感じながら…」
「最高に『充実』した時間を過ごしました。」
……『笑顔』………
……『楽しみ』……
……『幸せ』………
……『充実』………
日本に帰国する理由が無くなりました。
僕はやっぱり、
「サッカーが好き。」
なんです。
その『好き』なサッカーを『笑顔』で『楽しみ』、『幸せ』を感じながら、『充実』した人生を過ごす……。そして将来、必ず日本代表になり、お世話になった家族や、友達、故郷・日本の人達に恩返しをする……。これが、僕がサッカーを続ける理由です。極めてシンプルです。
もう、「契約」のこととか、先のこととか、気にせずやっていきたいと思います。実際には、新聞記者を含め、たくさんの人から「ウニベルシダと契約できたのか?」「やっぱり、駄目なんじゃないか?」「また2部リーグのチームに帰るべきでは?」「日本に帰国した方が…。」……と言われ、いろいろ気になる時があるのも、正直、事実なのですが、なるべく気にしないでやっていきたいと思います。
ただシンプルに、『笑顔』で、『楽しみ』、『幸せ』、『充実』を感じながら、サッカーしていくだけです。また、「このチームなら、それができる。」と、今日、再確認しました。
結果がどうとか、今は考えずにやっていきます。
今日ほど、心の底から『笑顔』になれたのは、久々だったし、サッカーがこんなに『楽しく』て、『幸せ』と『充実』を感じれたのも、久々でした。
だから、
「現時点での、ホンジュラスでの挑戦を続けていく。」
……これが、僕が出した「答え」です。
また、先日、日本の家族から「荷物」が送られたので、それがホンジュラスに届くまでは、帰るに帰れないでしょう(笑)。よくぞ、絶妙の「タイミング」で荷物を送ってくれものです(笑)。親に感謝したいと思います(笑)。…ちなみに「荷物」の中身は、日本の「味噌汁」「雑誌」…などなど…です。日本の「味噌汁」や「雑誌」などは、以前のブログ記事でも書きましたが、異国の地で闘う僕に、とてつもなく大きな「エネルギー」を与えてくれる、いわば「充電器」のようなものです。最近、その「充電器」が切れ気味だったので(笑)、この「荷物」が届けば、また、僕の「エネルギー」は復活することでしょう。
※ホンジュラスで過ごしてきた1年半の間で、家族や、日本や中国の友達から届いた、荷物、手紙の数々…(全ては紹介できませんが…)。これが、僕に大きな大きな「エネルギー」を与えてくれたのです。これが無ければ、僕はこんなにも長く、異国での挑戦を続けられなかったことでしょう…。感謝(涙)。
※「Yoji Montoya」という名前で届いた荷物(笑)。ちなみに「Montoya」は、カルメンの苗字です。カルメンの家に送ってもらったので、こんな名前になってしまいました(笑)。これで届くから、おもしろいです(笑)。
※こんなモノも届きました。「じんべい」!!レンカの選手や、そこら辺のおじさんに、大人気でした。おじさんは、帽子と「じんべい」がミスマッチ(?)で、なかなか笑えます。けど、顔は真剣そのものです(笑)。そこが、また笑えます(笑)。
※「じんべい」を着た、レンカの選手。上機嫌です(笑)。「じんべい」大人気でした。「(レンカの)チームの移動着に、『じんべい』を揃えよう!!」という、仰天プランまで飛び出す騒ぎでした(笑)。
※おじさん……(笑)。顔がマジです(笑)。
ホンジュラスは毎日、予想外の展開が起こるので、これからも僕の心境は変化していくかもしれませんが、その時はその時で、また「葛藤」すれば良いと思っています。変に、その時の「流れ」や「心境」に抵抗しません。今日、「ホンジュラスに残る。」と決めたからと言って、明日、「やっぱ帰国したい。」と思ってはいけない…というルールはありません。今日のように、その時、その時に感じた「自然」な気持ちに従って、人生を進んでいきたいと思います。
『笑顔』、『楽しみ』、『幸せ』、『充実』
……この4つが揃っている時というのは、やっぱり、プレーも良いものです。
今日は、最高のプレーができました。
そして練習後、これまでウニベルシダに練習参加してからの3週間、全くもって僕を相手にしてくれなかった監督、コーチが、「笑顔」で話しかけてきてくれました。
…初めてのことでした。
さあ、明日もまた、僕はウニベルシダの練習に参加します!!!
いや~、楽しみです!!!
※やっぱり、「笑顔」が基本です!!満面の「笑顔」を見せるYoji。2005年アメリカにて。友達の誕生日会。ちなみに、隣の人が誕生日を迎えた友達で、彼女が持っているのは、僕があげた、誕生日プレゼントです。不思議な鳥の泣き声がする、謎のコップです(笑)。
19 januari 人生の「流れ」と「タイミング」…。その中で葛藤する「2人」の自分。 ジャマイカでの「4週間」の死闘を終え、ホンジュラスに帰って来てから、ちょうど、また「4週間」が経過しました。
書いて字のごとく、僕は現在、ホンジュラスに居ます。場所は、首都のテグシガルパ…。レンカのホームタウン、「プログレッソ」ではありません。
実は現在、首都の1部リーグ(ナショナル・リーグ)のチーム、「Universidad(ウニベルシダ)」の練習に参加しています。
ちなみにレンカですが、僕はレンカとの契約があと半年間も残っているし、正月前には、レンカの会長から直々に、カルメンの家に電話があり「Yoji、明日から始まるレンカのプレシーズンに参加しろ。」と誘いの言葉を受けていたのですが、嬉しい反面、まず、レンカに居ては「就労ビザ」の問題が解決できず、それでは、どうやっても念願の「プロデビュー」ができないため、自分の将来を考えた末に、レンカの会長には断りの返事をし、チームを離れました。チーム側も僕の気持ちを理解してくれ「もし、2部リーグのチームにYojiが移籍するのなら、そのチームには『移籍金』を要求するが(レンカはライバルである、他の2部リーグのチームへの、選手の流出を恐れている)、1部リーグのチームに行くのなら、契約する場合、移籍金の要求はしない。」と、快く送り出してくれました。
レンカに居れば、就労ビザが無くて試合に出場できなくとも、契約している間は、給料がもらえ、生活の保障はされます。ホンジュラス人なら、まず間違いなく「レンカに残る。」という選択をするでしょう。僕としても、レンカでもらえる給料は、ホンジュラスで生活していくのに、欠かすことのできないものであり、それを失うということは、生活の基盤を失う…ということであり、非常に厳しいことなのですが、自分の将来を考えた結果、「日本代表」という「夢」を実現させるために、レンカを離れ、「ゼロからのスタート」を選択しました。ちなみに、1部リーグのチームだと、正確に、迅速に、「就労ビザ」の書類作業は行われるようです。それも、僕が1部リーグを目指す理由の1つです。
「ウニベルシダ練習参加(入団テスト)」のきっかけは、ひょんとしたことからでした。「ジャマイカ行き」をサポートしてくれた、マカラから連絡があり「ウニベルシダなら知り合いが居て、紹介できる。」と言われました。もともと、ジャマイカに再挑戦するなら「7,8月」になるわけだし、「それまでの約半年間は、どこかのチームと契約しなければならない…。」と考えていたので、このマカラの話に応じることにしました。
…しかし、その後、いろいろあって、その話が消滅します…。ただ、一度、点いた「火」は簡単には消すことができず、以前、たまたま知り合った選手が、偶然、現在、ウニベルシダでプレーしていることから、その選手に連絡を取り、その後、直接、ウニベルシダのコーチと電話で話し、何とかかんとか自力で、一度は「消滅」していた、ウニベルシダへの「練習参加(入団テスト)」を実現させました。…しかし、誰からの「推薦」も「コネ」も無い状態での、非常に厳しい練習参加となっています。
もともと、本来なら正月は「日本に帰りたかった。」のです。僕にとって、「正月」とは、1年の中で最も特別な日です。「せめて正月だけは、故郷・日本に帰りたい…。」と、ここ数年、ずーーーーーーーーーーーーーーーっと思い続けてきました。…しかし、実現しませんでした。昨年には、正月に日本に帰れなかったことにより、結局、1年半も日本に帰れないこととなってしまい、心身共にボロボロ…「限界を半年間、超えた」、正に極限の状態に追い込まれてしまいました。
しかし…。やはり自分は……「チャンスがあるなら、行動せずにはいられない。」性分でして、正月を返上し、この首都の1部リーグのチーム「ウニベルシダ」に挑戦することを決めたのです。…ジャマイカでの4週間の死闘を終えた、わずか「1週間後」の出来事でした…。
「どうしても、どうしても、正月に日本に帰国したい。」という、強い気持ちを抑えての挑戦です。それに、「ホンジュラス1部リーグ」=「ホンジュラス国内最高リーグ」に挑戦するのは、あの「Marathon(マラトン)」以来、実に約1年半ぶりのことでした。この事実を見ても「そうそう訪れるチャンスではない。」と言えます。…いや、正確には、「1部リーグに挑戦する。」ということ自体は、どうにかすれば、この1年半の間でも実現できたのでしょうが、まずレンカと契約していたし、当初は「レンカを1部リーグに昇格させる。」という気持ちをもっていたし、また、1年間も「就労ビザ」が取得できないとは思ってもみなかったし、何より、2部リーグのレンカの空気に染まってしまったことにより、いつしか「1部リーグに挑戦する。」のに必要なだけの「自信」を失っていた…というのが、一番、大きかったです。
しかし、ジャマイカに挑戦したことにより、自分の実力を再確認し…「俺は絶対、1部リーグでやれる。…いや、1部リーグでやらなければならない。」という、強い自信が復活しました。つまり、マラトンを離れてから、実に約1年半ぶりに、ホンジュラスの1部リーグに挑戦するだけの「自信」が復活したと言えます。これは、他でもない「ジャマイカ挑戦」の産物です。ブログでも書いた「ジャマイカで、まいた種…」は、こういったところでも、花ひらいているのです。
ところが、ウニベルシダの練習に参加してみて、当初の「希望」は、あっけなく砕かれてしまいました。いや、当初から、厳しい状況は覚悟していましたが、ウニベルシダに合流してみると、想像以上に厳しい状況が待ち受けていたのです。
まず、僕が合流した時点で、ウニベルシダには、すでに「3人」のGKが居て(ホンジュラスでは、通常、どのチームもGKは3人以上保有しない)、しかも、その内の1人は「外国人(メキシコ人)」だったのです。外国人GKが、海外のリーグでプレーすることがいかに難しいかは、日本のJリーグの現状(外国人GKが、ここ数年、ゼロという状況)を見ても、分かります。ましてや、「1チームに2人の外国人GK」なんて、そんなの、ほとんど、聞いたことがありません。
案の定、ウニベルシダのGKコーチから、練習参加からわずか1週間後「現在、内はすでに外国人GKが居て、そこにもう1人、外国人GK(Yoji)を加える(契約する)ということは、現時点では、どう考えても難しい。」…と告げられてしまいました。
しかも実は、ジャマイカでポートモア・ユナイテッドが、僕の「国際移籍証明書」をサッカー協会にリクエストしたため、僕の「国際移籍証明書」は、ジャマイカ・サッカー協会に送られてしまいました。僕の「国際移籍証明書」は、現在、ホンジュラスには無いのです。これは、昨日、ホンジュラ・サッカー協会に問い合わせて確認しました。…これが意味するのは…つまり、「国際移籍証明書」がジャマイカにある限りは、ホンジュラスでプレーできないということです。もしホンジュラスで、どこかのチームと契約できれば、再びホンジュラスに「国際移籍証明書」を送り返してもらうことも可能ですが…それには、時間もかかるのです。…とことん、噛み合わない「流れ」と「タイミング」……。
※国際移籍証明書。これは昨年、アメリカ・サッカー協会からホンジュラス・サッカー協会に届いた時のもの。これが現在、ジャマイカに行ってしまった…。
それでもウニベルシダのGKコーチは「もし、Yojiが他チームからオファーがあるのなら、そのチームに行っても良いが、仮に、現時点で契約無しでも、内でのトレーニングを続けたいと言うのなら、それは構わないし、こちらとしても、協力する。」と言ってくれました。
ウニベルシダには3人のGKが居ますが、その内、メキシコ人GK以外は、若過ぎて、まだまだ未熟で、とても試合で使えるようなレベルには達していません。ほぼ間違いなく、GKのレベルは、レンカの方が高いと言えます。つまり、メキシコ人GKが怪我、もしくはレッドカードなどで試合に出場できなくなった場合は、実質、このチームには使えるGKがいないのです。だから、「練習参加を続けていれば、チャンスはある。」と推測し、ウニベルシダでの練習参加を続けていくことを決断しました。
ところが、先週、リーグ戦が開幕してからは、契約選手ではない僕に、まともな練習の機会は与えられず、今週に至っては、チームは首都の外に合宿に行ってしまい、僕はそれに参加することすらできず、仕方なく、「1人」で、首都テグシガルパの街を走る……自主トレする日々を送っています。当初は「今、現時点で契約できなくとも、このチームのGKコーチと練習を重ねていけば、自分の技術を向上させることができる。」と考えていましたが、どうも、それさえも怪しくなってきました。
もちろん、チームが合宿から帰ってくれば、またGKコーチと良いトレーニングができるのかもしれませんが、それ以前に、僕はこのチームの監督、コーチ、スタッフから、まるで相手にされておらず、2005年に初めてホンジュラスに来てから、今日までの1年半の中で知り合ったプロチームの中で、最もヒドイ扱いを受けている…と言っても過言ではありません。短距離走の測定では、僕より明らかに遅かった選手よりも、なぜか遅い測定をされ、紅白戦では、入ってもないゴールを「失点」と判定されたり、失点前の、相手チームの明らかなオフサイドを見逃されたり、練習後のサプリメントの補給では、他にも練習生は居るのに、僕にだけ支給されなかったり……「差別」とも言える扱いです。
それとは対照的に、ウニベルシダの選手達との関係は極めて良好で、最初の1週間で行われた練習、紅白戦などで、良いプレーをし、選手は僕を認めてくれている面があるのですが、これまた、ジャマイカの時と同様、監督やコーチ、スタッフ、チーム幹部らが、誰からの「推薦」も「コネ」も無しで来た僕を、全く相手にしてくれないのです。マラトンの時も同じ「練習生」でしたが、監督、コーチは僕を気に入ってくれ、紅白戦はもちろん、公式戦前日の大事な練習にも僕を参加させていたし、練習試合では、マラトンと契約している正式なGKを差し置いて、僕を先発で出場させてくれることさえもありました。しかし、ここウニベルシダにおいては、それとは全く正反対の、ヒドイ扱いを受けています。
「厳しい状況」「ヒドイ扱い」は、これまでの人生の中でも、何度となく受けてきました。それを乗り越えてきた経験もあります。だから、それ自体は、何も問題はありません。
問題なのは、今日のブログのタイトル……
「人生の『流れ』と『タイミング』…。」
なのです。
僕の持ち味は、「行動力」です。他の人はどうか分かりませんが、僕にとって「行動すること」は、「行動しないこと」より、遥かに簡単なのです。
今までの僕は、いつ、どこで、どんな状況でも、どんな「流れ」でも、どんな「タイミング」でも、とにかく、ガムシャラに行動してきました。実際、それで掴んだものも、たくさんあります。
しかし、本当にそれで良いのでしょうか???
…最近の僕は、そう考えるようになっています。特にジャマイカで、やっている「行動」、発揮している「実力」と、全く噛み合わなかった「流れ」と「タイミング」……を経験してから、余計にそう考えるようになりました。
「人生には、『流れ』と『タイミング』がある。時には、湧き上がる『行動欲』をあえて抑え、大人しくしているべき『流れ』と『タイミング』があるのではないか??」
…このように、思い始めているのです。
「流れ」と「タイミング」が良い時というのは、何をやっても、うまく進むものです。例えば、レンカと契約し「プロ」という壁を越えた時は、僕はレンカで練習生としてプレーしていた2ヶ月間、ただ「楽しんで」「笑顔」でサッカーしていただけで、「努力」とか「我慢」とかいう感情さえ湧いてこず、そんな中、練習試合で「15試合連続無失点」を達成し、あれよあれよ…という間に、契約に辿り着きました。自分でもその時は、「流れ」と「タイミング」の良さを感じていて、「ここが勝負どころだ。」と思い、無心で全力を注げました。
逆に、「流れ」と「タイミング」が悪い時というのは、何をやっても、うまくいかないものです。典型的なのが、僕の「アメリカ時代」です。とにかく、全てが噛み合わない……。想像だにしなかったような、トラブルが起こる……。行動すればするほど、状況は悪化する……。あの時、もし、僕が「ここに居ては、絶対に成功できない。」と気付かず、あのままアメリカに固執していたら、間違いなく、今の「プロサッカー選手」になった自分は存在しません。
こうして見た時、果たして今の自分は、本当に「行動」すべき、「流れ」と、「タイミング」なのでしょうか??
また、僕は自分の人生の中の代表的な「成功」例を見た時、あることにも気付きました。
僕の人生の代表的な「成功」例は、「大学に入学したこと。」「中国に留学したこと。」「プロサッカー選手になったこと。」…この3つです。
「大学に入学したこと。」……大学に入学し、後に親友になっていく、あの安英学も居た、大学の体育会サッカー部に入部したことが、僕のサッカー人生の中で最も大きな「転機」になったのは、間違いありません。あの時、あの大学に入学していなければ、プロになった今の自分は存在しないし、ましてや「プロになりたい。」という発想すら、湧いてこなかったと思います。
「中国に留学したこと。」……このブログでも何度も書いてきましたが、中国で過ごした日々は、僕の人生の中でも「最高」の経験と言えます。一生涯、忘れることのできない、素晴らしい経験でした。この時、人生で初めての「海外生活」を経験したことにより、それまでの小さな「価値観」が一変し、「視野」が一気に広がり、現在の、「世界進出」の足がかりをつくってくれたのです。あの「中国留学」が無ければ、「日本→中国→アメリカ(イングランド)→ホンジュラス→ジャマイカ…」という僕のブログ名は、「日本」で終わっていたことでしょう(笑)。それくらい、僕の人生に大きな影響を与えてくれた経験でした。
※2002~2004年。中国留学。天津・南開大学にて、留学生の仲間達と…。
「プロサッカー選手になったこと。」……これは、説明の必要も無いでしょう。言うまでもなく、僕の人生の中で「最大の『夢』」の1つであり、それを実現したことは、僕のこれからの人生を考えても、とてつもなく大きな出来事でした。この「夢」が実現できたことにより、「『夢』は諦めるものだ。」という価値観ではなく、「『夢』は叶えるものだ。」という希望をもって、毎日を過ごせるようになったのです。
※契約書を手に、写真を撮るYoji。これは昨季の、レンカとの契約時の写真。レンカの会長ファミリーと。
この3つの「成功」例に共通するのは、実は、
「自分から働きかけて、掴んだチャンスではない。」
ということなんです。
「大学に入学したこと。」……高校3年生の時、クラスの担任の先生でもあり、サッカー部の監督でもあった「K先生」から、「偶然」、ある大学の「指定校推薦」の話を勧められ、当初は全く興味が無かったのですが、「その大学のサッカー部は、なかなか強い。」ということが分かり、その大学の指定校推薦枠をもらうことになりました。こうして僕は、偶然にも、この大学に進学することができたのです。
「中国に留学したこと。」……大学卒業後、念願であった「プロサッカー選手」になれず、傷心と不安に満ちて、故郷・広島に帰ったところ、そこで、「偶然」、中国人の知り合いから「中国留学」の話を勧められ、これも当初は全く興味が無かったのですが、結局、留学することを決断しました。
「プロサッカー選手になったこと。」……ホンジュラスで、マラトンを離れ、1ヶ月間、サッカー環境を失っていた時、僕の住んでいたホテルに、それまで会ったことも、話したことも、聞いたこともなかった人物…レンカの監督(当時)マチャドが突然やって来て、「レンカへの練習参加」の要請を受け、そこから、念願だった「プロサッカー選手」…「契約」へとつながっていきました。
この3つの「成功」例は全て、上の文章を見ても分かるように「チャンスの方から、勝手に自分のところへやってきた。」のです。
もちろん、その「チャンスの方から、勝手に自分のところへやってきた。」の前には、試行錯誤を繰り返してきた行動の数々があるのは事実ですが、この3つの「成功」のきっかけとなった出来事…、それ自体は、「偶然」以外の何ものでもないのです。その前の「試行錯誤を繰り返してきた行動の数々」とは、直接的には、「成功のきっかけとなった出来事」は、全く関係ありません。
「成功」する時というのは、えてして、こういうものです。自然の「流れ」のまま、チャンスの方から、絶妙の「タイミング」でやってくる…。
だからと言って、「行動せずに、待っていれば良い。」というのでは、ありません。ただ、「『行動』するにも、それに相応しい『流れ』と『タイミング』があるのでは?」と思うのです。
自分の人生を冷静に振り返ってみると、この「流れ」と「タイミング」を無視した行動をとった時には、結局、散々な結果に終わっていることに気付きます。それどころか、後々、取り返しのつかない状況になったことさえもありました。
2004年…。アメリカから日本に一時帰国し、当初は「3ヶ月後にビザが取得できて、またアメリカに帰る。」予定だったのですが、ビザの話が消滅し、4ヶ月間も日本でサッカー環境を失った状況に陥っていました。その時、僕は焦り、とあるJリーグチームに練習参加を要請し、何とか強引に、そのチームの練習参加にこぎつけました。…しかし、当時の僕は「4ヶ月間」もボールから離れた状態であり、案の定、その挑戦は散々たる結果に終わりました。僕は、全ての出来事から何かしらの「プラス」を得ているので、この挑戦も「失敗」だったとは思いませんが、ただ、「流れ」と「タイミング」を完全に間違えた、正しくない行動だったと、後で思いました。…かと言って、後悔はありません。しかしそれで、もう、そのJリーグチームには挑戦できなくなりました。絶対とは言えませんが、今後、いくら僕が成長しても、そのチームからは、2度とチャンスは与えられないでしょう。
…このように、人生の「流れ」と「タイミング」を間違えると、時として、取り返しのつかない事態をも招きます。
「ジャマイカ挑戦」……これは、あの時、あの「流れ」で、あの「タイミング」で、絶対に必要な行動でした。肝心のジャマイカに着いてから、なかなか「流れ」と「タイミング」が噛み合いませんでしたが、あの挑戦は、絶対不可欠な行動でした。実際、それで得たものもたくさんあります。僕にとっては、非常に有意義な挑戦でした。
しかし、ジャマイカからホンジュラスに帰って来て以降の、僕の行動はどうなのでしょうか??
今、自分がやっている行動は、人生の「流れ」と「タイミング」に反した行動のような気がして仕方が無いのです…。正月を返上してまで活動してますが、状況は一向に良くなりません。むしろ、どんどん悪化しているようにさえ、感じます。
ただ、この「状況」というのを、どう見るか?…によっても、いろいろ見解が変わってくるので、そこが難しい…。今の自分の状況は、「なかなか歯車が噛み合わない、『流れ』と『タイミング』が良くない状況。」とも言えますし、「それでも、1年半ぶりに、ホンジュラスの1部リーグのチームに挑戦できている、運の良い状況。」とも言えます…。
けど、本当の本当に「成功」する時というのは、そもそも、そんなことさえ、考えない…何も疑問が湧いてこないほど、「流れ」と「タイミング」の良さを感じるものです。もちろん、「流れ」と「タイミング」が良い時でも厳しい状況は迎えますが、その「流れ」と「タイミング」の良さを感じているからこそ、自然と「ここが勝負どころだ!」と感じて、一心不乱にチャンスに集中できるのです。
今、この状況の中で、葛藤する2人の自分がいます。
1人は「このままホンジュラスに残って、挑戦を続けるべきか?」
もう1人は「今は『流れ』と『タイミング』が良くないから、一時活動を休止し、日本に帰国して休養をとってから、1ヵ月後、また再スタートを切るか?」
…この2人の自分が、毎日毎日、自分の中で葛藤を繰り広げています。「もう、決心した!」と思いきや、また次の日、葛藤が始まるんです(笑)。…と言うのも、もし日本に帰国するとなると、ここは「地球の裏側」ホンジュラス…。3時間で帰国できる中国や、アジア諸国とはわけが違います。それに、今、ホンジュラスを離れると、「サッカー環境を失う。」という、リスクもあります。そこが迷う、一番、大きな要因です。
「行動すること」が「善」で、「行動しないこと」が「悪」と思っている人が結構いるかと思いますが、「流れ」と「タイミング」を見た時、むしろ「行動せず」、「休養」を取ることの方が、「成功」するためには必要な時があるのです。
半年前に、実に「1年半ぶり」に日本に帰国しました。しかも、その1年半というのは、「日本→アメリカ(イングランド)→ホンジュラス…」と渡り歩き、プロを目指し、そして、やっとプロになり……、極限状態の中での「闘い」の日々でした。心身共に、限界点を軽く超えていました。それなのに、日本に滞在できたのは、わずかに「18日間」でした。移動などを含めると、ゆっくりできたのは、実質、わずかに2週間弱でした。休養どころか、時差ボケが無くなって、ようやく日本の生活に慣れ始めた頃に、ホンジュラスに帰ることとなってしまいました。…だから、実質、僕は、この「2年間」、本当の意味で心身共に「リフレッシュ」する機会が無かったとも言えます。
※半年前。「1年半ぶり」に日本に帰国した時の写真。中国留学時代の親友と…。
※半年前。「1年半ぶり」に帰国した日本で、元気な姿を見せてくれた、Yojiのおじいちゃん。
まだ、今の自分は心身共に余力を残していますが、昨年のように、「極限状態」になってからでは、手遅れだと思っています。それは昨年、それを経験した時、実感したことです。僕が一番危惧するのは、今後、「流れ」と「タイミング」が噛み合って絶好のチャンスが訪れた時、すでに「極限状態」になっていて、力が発揮できなかった…という状況に陥ることです。
※半年前。「1年半ぶり」に日本に帰国する前日。ホンジュラス・プログレッソにて。凄い痩せようです。ベスト体重より、実に「8Kg」痩せていました。隣の太った子供達と比べると、その痩せようが分かるかと思います(笑)。こうなってからでは、手遅れです…。
この2年間の中で初めて、心身共に完全に「リフレッシュ」するチャンスが、今、訪れています。リフレッシュするなら、今しかない…。
自分の中で、やりたいこと…やらなければならないこと…もあります。
日本の家族とゆっくり時間を過ごすのはもちろん、「第2の故郷」とも言える、中国・天津にも行きたい…。中国留学を終えてから、もう3年間も、天津に行けていないのです。その間に、天津で共に過ごした留学仲間は、どんどん国に帰っていき、今、天津に残っているのは、ごくわずか…。しかも、その、残っているごくわずかの留学仲間も、今年6月には、全て国に帰ってしまう…。天津留学時代の仲間が、まだ天津に残っているうちに、何としても、天津に行きたいのです。天津留学時代の仲間と共に、天津の地で留学時代の雰囲気を味わえるチャンスは、今年を逃すと、もう、一生、訪れないかもしれません。これも、僕の人生においては、とても大事なことなのです。
韓国・釜山でプレーする、親友の安英学にも、会いに行きたい…。新潟で過ごした2004年・冬以来、実に2年以上も会えていません。毎年正月前には、安から「正月くらいは日本に帰って来いや。一緒に刺身でも食いながら、語ろうや。」とメールをもらうのですが、これも実現できませんでした。
※2004年。新潟の温泉にて。刺身を食いながらリフレッシュする、Yojiと安英学。
いったん、ホンジュラスを離れ、今の自分の状況を客観的に見つめ直し、ここ数年、やりたくても実現できなかったことを実現させ、その中で様々なことを感じとり、心身共に一度、全てをリフレッシュさせてから、もう一度、新たな気持ちで再出発を切る……。大変、重要なことです。
しかし…。
「ホンジュラスを離れて、日本に一時帰国する」…というのは、僕にとって、簡単な決断ではありません。前述したように、「行動すること」が持ち味の僕にとっては、「行動しないこと(休止すること)」は、大変な勇気が必要なのです。それに、今、ホンジュラスを離れて「サッカー環境を失う。」というリスク……。これが一番、悩む要因です。
……そうこうしているうちに、先日、日本の実家から、ホンジュラスに「荷物」が送られました。これがホンジュラスに届くには、あと1ヶ月間はかかります。…つまり、荷物が届くまでのあと1ヶ月間は、どうしてもホンジュラスに居なければならないのです。
やはり、今はホンジュラスを離れられない運命なのでしょうか?(笑)
そうは言っても、今現在、僕はホンジュラスでの生活を「それなり」にエンジョイはしてますが、やはり、本当の意味でリフレッシュするには、帰国するしかない…。
「ホンジュラスに残って、活動を続ける。」のが正しいのか?
「一時、日本に帰国して、全てをリフレッシュし、新たな気持ちで、もう一度、再出発を切る。」のが正しいのか?
…どちらも、正しいんだと思います。
…いや、正確には、どちらが正しいかは、近い将来になってみないと分からないのかもしれません。
正に、神のみぞ知る……。
08 januari 『ジャマイカ挑戦記~最終回(?)~』 リミット「0日間」で起こった「奇跡」。諦めなければ、「何か」が起こる。 12月20日(水)……リミットは「0日間」。
ついに、ジャマイカを離れる前日を迎えました。
ポートモア・ユナイテッドでは、「国際移籍証明書」のリクエストもサッカー協会に行われ、さらには「就労ビザ」取得の約束もされ、契約は9割方決まっていましたが、突然、話は流れてしまいました。
ハーバービューでは、選手からの温かい受け入れ、素晴らしいサッカー環境、そして、ポートモア・ユナイテッドの時、以上に「自分の方が、絶対に、ハーバービューのGKより、実力が上だ。」という確信…など、非常に良い感触を掴んでいましたが、約束された「GKコーチ」は3度もスッポカし、(契約するに相応しいか、どうかの)「判断材料不足」の状況のまま、不可解な「不採用」を告げられました。
…どう考えても納得できる状況ではないし、本当に本当に…本当に!!…悔しくて、やりきれず、悲しくて、涙が出そうなくらいでした。
それでも、「時間」とは非情です。どんな状況であれ、刻一刻と時は流れていきます。
ジャマイカに滞在できるのは、今日と、明日のみ…。しかし、今日は、チーム練習は行われず、監督もコーチも誰も来ない…。明日は、朝4時半に起きて、ホンジュラス出発のため、空港に行かなければならない……。
つまり……。
リミットは「0日間」…。
僕の「ジャマイカ挑戦」は、無念のまま、終了を迎えることとなってしまいました。
12月20日(水)………。 ジャマイカを離れる前日………。 リミットは「0日間」………。 残った結果は、「不採用」のみ………。
受け入れがたい現実でも、時には強引に、受け入れなければなりません。
もう、僕に、ジャマイカにおける「チャンス」は残されていないのです…。
よって、この日は朝、ゆっくりと起き、1日かけて、ホンジュラスに帰る荷物をまとめることにしました。
……朝9時に起きて、朝食をとるために、ハーバービュー・クラブ・ハウスの食堂に向かいます。
そこで、何人かの選手達と共に、朝食をとっていました。
すると、そこに、見慣れないおじさんが……。
「やあ、おはようございます…。」
そのおじさんと、とりあえずは挨拶を交わします。クラブ・ハウスに、見慣れない人が居ることは決して珍しいことではなく、むしろ、普通なことです。気にせず、引き続き朝食をとっていました。
…すると、今度はそこに、ハーバービューのGKが、朝食をとるためにやって来ました。……しかも、なぜか、「GK練習」する服装をしている……。今日は「練習無し」のはずなのに…??実際、他のポジションの選手を見てみると、練習をする様子は全くありません。…やはり、今日は「OFF」でした。
☆Yoji 「何で、あんた、GK練習する服装をしているの??」
僕がハーバービューのGKに質問します。すると、このGKは、こう答えました。
★ハーバービューGK 「今日は、GKコーチが来て、GKだけトレーニングすることになったんだ。」
……正直、「またか…。」と思いました。なぜなら僕は、「GKコーチが来て、Yojiをテストする。」という話を3度も聞かされ、そして、3度とも全てスッポカされていたからです。
☆Yoji 「いやいや、どうせ、またGKコーチは来ないって。俺は明日、ホンジュラスに帰るから、荷造りしなくちゃいけないんだ。じゃ、そういうことで……。」
そう言って、その場を立ち去ろうとしました。
…すると、ハーバービューのGKが、こう言ったのです。
★ハーバービューGK 「来てるよ…。GKコーチ……。もう、ここに居るよ……。」
はあぁ!!!!!?????? 何、バカなこと言ってるの!!!!!!!!????
☆Yoji「どこよ!?GKコーチが、一体どこに居るって言うの!!???」
すると……。
★ハーバービューGK「ほら、あそこに……。」
指差す方向を見ると、さっき挨拶を交わした「見慣れぬおじさん」が………。まさか……??? こいつが……!!!???
☆Yoji 「GKコーチ!!!!!!!!!!!???????????????????」
この「見慣れぬおじさん」が、何と何と、GKコーチでした!!!!!!!!!
とうとう、GKコーチが「Yojiのテスト」のために、やって来たのです!!!!!!!!!!!ホンジュラスに帰る前日に……。(ちなみにGKコーチは、「スッポカした」のではなく、事情があって、今日まで来れなかったそうです。)
~~その日の、Yojiの日記には……~~
「2006年12月20日(水)ジャマイカ上陸・4週間経過。……ついに、ジャマイカを離れる前日を迎えた。明日、ジャマイカを離れるから、今日は午前からゆっくり荷造りをしようかと思っていたが、またも『予想外』の展開が…。何と何と、3度もスッポカしたGKコーチが、突然、やって来たのだ。……正直、今日はもう、GKコーチが来て『テスト』をすることは無いと思っていたし、しかも、昨夜『不採用』を告げられたばかりだから、今日、こんな展開があるなんて、全くもって、想像だにしてなかった。『何を今さら…。』という気持ちも正直あり、練習(テスト)をキャンセルしようかとも思った。……しかし、『置かれた状況下で、可能性が少しでもある限り、最後の1分1秒まで、全力を尽くす。』という、自分のポリシーをもとに、この『最後の最後のチャンス』にトライすることを決めた。……(つづく)……」
もう、諦めかけていて、ホンジュラスに帰る荷造りをしようとしていたところに、リミット「0日間」で突然、訪れたチャンス……。僕は複雑な心境ながらも、「トライ」することを決めました。
~~その日の、Yojiの日記、つづき……~~
「……(つづき)……ここまで、ジャマイカに来てからは『自然体』で、のびのびと、自分の実力を発揮してきた。結果は、発揮した『実力』と全く逆なものになってしまったが、今日も同様に、自分がこれまで積み重ねてきたことを、『自然体』で発揮した。……(つづく)……」
……そして、GKコーチとの最後の練習(テスト)終了……。
僕は、ほぼ完璧なプレーをしました。
実はこのGKコーチ、「スパイダー(Spider)」という名前で、何と、現在のジャマイカ代表チームのGKコーチも務める、言ってみれば、ジャマイカのGKコーチの中で、最も権威がある人物なのです。
そんな凄いGKコーチが見たのなら、僕が「良いGKなのか?悪いGKなのか?」…ひと目で分かるはずです。
さあ、運命の「審判」が下されます。このGKコーチ・スパイダーの評価が、僕の今後の人生をも左右しかねないのです。
…しかし、僕にはもう、不安など何もありません。やれる限りのことはやった…。練習後、堂々と胸を張って、GKコーチ・スパイダーに、最後の「審判」を聞きに行きました。
そして……………。
GKコーチ・スパイダーの下した「審判」とは…………???
GKコーチ・スパイダーは、開口一番、こう言いました。
…………………………………………
………………………………………
……………………………………
…………………………………
………………………………
……………………………
……………「Yojiは、素晴らしいGKだ…。」
……………
…GKコーチ・スパイダーは、僕の実力を認めてくれました!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
さらに、GKコーチ・スパイダーは続けます。
「Yojiは、非常に良い『技術』と『ポテンシャル』を持っている。また、練習に取り組む『姿勢』も素晴らしい。Yojiは正に、私が好きなGKだ。」
GKコーチ・スパイダーが言うには、「ハーバービューは『GK問題』を抱えていて、3人GKは居るけど、1人は若過ぎて使い物にならず、もう1人は怪我で、現在、実質、GKが1人しかいない…。」そうです。だから、「内は、良いGKを求めていた。もし、Yojiがハーバービューに来るのが、あと3週間は早かったら、もっとYojiのプレーを見て、ゲームの中でどういうプレーをするのかもテストできて……、おそらく、Yojiと『契約』できていただろうに……。まさか、明日、ジャマイカを離れるとは……。」と、大変、嘆いていました。「なぜ、ポートモア・ユナイテッドなんかに行ったんだ!?先にハーバービューに来ていれば……。」と非常に悔しがっていました。
……12月23日のブログ記事……。「ジャマイカ編」、最初の記事「ついに上陸、ジャマイカ!!人生を賭けた闘い、スタート…。」に書いた、こんな文章を、覚えていらっしゃるでしょうか??ジャマイカ上陸当日、
「マカラのいとこの家に向かう車の中で、ロイ・トーマスに電話がかかってきました。『ポートモア・ユナイテッド』からだ。そして、いきなり明日、ポートモア・ユナイテッドの練習に参加することが決定しました。実は、この時、最初にポートモア・ユナイテッドに練習参加(入団テスト)することになったことが、後々、大きなターニング・ポイントになっていくのですが……。」
つまり、この時、最初に「ポートモア・ユナイテッド」に練習参加(入団テスト)することが決まった時点で、この「運命」は決まっていたのです。もし、あの時、最初に「ハーバービュー」から電話がかかってきていたら……。もし、最初に「ハーバービュー」の練習参加(入団テスト)に行っていれば………。しかし、これも「人生」です。僕は、「運命」の流れに従います。
ハーバービューGKコーチ・スパイダーは、「どうにかしてYojiをチームに残せないか?滞在期間を延長して、もっとYojiのプレーを見れないか?」…チームのマネージャーに交渉に行きました。
しかし、マネージャーは、「ビザ無しで入国した場合、どうやっても滞在期間の延長はできない。」「1月には移籍市場がクローズするから、今、この時点では、どうすることもできない。」と言いました。GKコーチ・スパイダーとしても、「一緒にGK練習をして、Yojiに素晴らしい技術があることは分かったが、ゲームの中でどういうプレーをするのかを見なければ、契約の最終決断は下せない。」とのことでした。
しかし、マネージャー、そしてGKコーチ・スパイダー、両方から、
「8月から始まる新シーズンのプレシーズンの時期に、もう一度、来てくれれば、チャンスはある。もっと、Yojiを見たい。テストしたい。」と言われました。
~~その日の、Yojiの日記、つづき……~~
「……(つづき)……最後の最後まで、『時間』、そして『タイミング』は、噛み合わなかった。……しかし、結果は前向きに捉えている。現在、ジャマイカ代表のGKコーチも務めるスパイダーを、俺は認めさせた。かつて『技術が弱点。』と言われた俺が、その技術で、一国の代表GKコーチを認めさせるまでになった。スパイダーは、時間の無さを嘆いていた。しかし『Yojiがまた来たいと思えば、いつでも歓迎する。連絡してくれ。プレシーズン(7,8月頃)に来てくれれば最高だ。』と言ってくれた。……本当に、最後の、最後の、最後のチャンスで、可能性を『1%』残した……。」
前日、ハーバービューのマネージャーから「不採用」を告げられた時点で、僕のジャマイカでの可能性は、「0%」に追い込まれていました。「もう、終わった…。」そう、思いたくはなかったですが、嫌でも、それを受け入れるしかありませんでした。失意のまま、ジャマイカを去ることになるところでした。
しかし、どんな状況下でも、常に「諦めず」、「転んでも、転んでも、這いつくばってでも、『夢』実現のために、前に進んでいく。」精神で、リミット「0日間」という状況の中、奇跡的に、可能性を『1%』残しました。
実は、ジャマイカから、ホンジュラスに帰った当日、ハーバービューのマネージャーからメールが届いたんです。
「今回は、Yojiのテストのための時間が充分にとれず、非常に残念だった。6日間は、あまりにも短過ぎた。次のプレシーズンの時期には、必ずYojiに連絡することを、約束する……。」
前日まで、全く僕を相手にしていなかった、ハーバービュー・マネージャーの言葉です。しかも、きちんとメールを僕に送ってきました。…リミット「0日間」での挑戦により、一歩、前進したと信じています。
ジャマイカ上陸前は、「ジャマイカで、日本人として、大きな大きな『足跡』を残してやろう!!!」と、思っていました。
しかし、ジャマイカに上陸してみると、そうは簡単に、ことは進みませんでした。
何度も、「地獄の底」に叩き落とされました。
人生で「最も苦しい」誕生日も迎えました。
「生命の危険」すら、感じました。
…しかし、何があっても、「諦める」ことだけはしませんでした。全てを受け入れ、前を向いて、挑戦していきました。
その結果、決して「大きな『足跡』」は残せなかったかもしれませんが、可能性を『1%』残しました。
今回、僕は、ジャマイカにて、
「未来に向けての種はまけた。」
と信じています。今回、まいた「種」が、いつか必ず、大きな花となって咲き乱れることを、信じています。
ハーバービューのプレシーズンの時期は、7、8月頃です。まだまだ、半年以上もあります。半年以上も先のことなど、誰にも分かりません。明日のことでさえ、どうなるか分からない環境に居るんですから(笑)。
しかし、『縁』があれば、また、ハーバービューに挑戦する日が来ると思います。僕は、その「再戦権」を、今、持っています。リミット「0日間」という、極限状態の中で、一度は消滅していた、その「再戦権」を掴んだのです。
ハーバービューとの決着は、まだまだ、ついていません。
リミット「0日間」で起こった「奇跡」……。
「奇跡」と言うには、物足りない結果かもしれません。しかし、前日には可能性「0%」だったものが、翌日、リミット「0日間」という極限状態の中で、突然のチャンスをモノにし、『1%』の可能性を残したことは、自分の中では、「奇跡」と言っても良い出来事でした。
諦めなければ、「何か」が起こる……。
そして、このブログのテーマでもある、
「『笑顔』は幸せの第一歩じゃけー!『笑顔』があれば、何でもできる!」
……今回、僕は、ジャマイカで、どんなに苦しい状況に置かれても、「笑顔」と、人生を「楽しむ心」を、失いませんでした。それが、最後の最後に、「奇跡」を起こした、一つの要因だと思います。
僕はこれからも、「笑顔」で、前に進んでいきます。どんなに苦しい状況下でも「諦めず」、「夢」である、「日本代表」に向けて、やれる限りのことをやっていきます。
この「情熱」が続く限りは………。
※12月21日(木)…ジャマイカを離れる当日。早朝4時半。辺りはまだ、真っ暗…。ハーバービューのクラブ・ハウスを出ます……。
※ジャマイカ・キングストン空港に到着。
※ジャマイカを離れる飛行機に乗り込むことに…。いろんな感情が頭をよぎります…。
※飛行機の中の乗客…。「サイバイマン」な頭…。最後の最後まで「ジャマイカン」でした…。
※ついに、ジャマイカ離陸……。まだ、ハーバービューとの完全決着はついていない…。ただ、半年以上も先のことなど、どうなるか誰にも分からない…。『縁』があれば、また帰って来るぞ、ジャマイカ……。その時まで、しばしのお別れじゃ……。
「ジャマイカ編」……「とりあえず」は、今回で終わりということで……。7,8月、『縁』があれば、「ジャマイカ編」…また、再開することでしょう。
それまで……。
01 januari 『ジャマイカ挑戦記~その4~』 タイムリミットは「6日間」…。「日本人」としての、誇りを胸に…。己の全てを賭けた、最後の闘い。 みなさん、新年あけましておめでとうございます。今年もヨロシクお願いします。
日本はもう、新年を迎えてますが、ここホンジュラスは、まだ12月31日・午前11時を過ぎたところです。まだ、新年を迎えておりません。日本より、「15時間」遅れで、新年を迎えます。
今年も、海外で正月を迎えることとなってしまいました(涙)。海外は海外で良いところもありますが、やはり、僕が好きなのは「故郷」日本です。ましてや正月は、みなさんにとってもそうでしょうが、僕にとっても、1年で最も大事な行事であり、大変、特別なものなのです。「正月だけは、何としても日本に居たい…。」と毎年、思っているのですが、いろいろあって、今年も帰国することができませんでした(涙)。僕は、日本の正月が、本当に本当に大好きなんです。だからネットで、「正月を海外(日本国外)で過ごす日本人の、(日本)出国ラッシュ。」…などの記事を見ると、「どうして、正月にわざわざ海外に行きたがるのか!?日本の正月は最高なのに…。」と、信じられないんです。僕はいろんな国を渡り歩くことで、いつしか、海外に対する、変な「幻想」や「憧れ」が、全くもって無くなってしまい、逆に「いかに、故郷・日本が素晴らしいか…。」を再認識しました。今、思えば、この「いかに、故郷・日本が素晴らしいか…。」を再認識させられたことが、海外に出た、最も大きな収穫だったのかもしれませんね。いつしか、その「素晴らしい故郷・日本」に、大きな大きな恩返しをします。必ず…。
12月15日(金)……リミットは「6日間」。
2日前に、ポートモア・ユナイテッドから、まさかの「不採用」を告げられ、前日は、正に、僕の人生の中で最も苦しい誕生日を迎えました。一時は、本当に「路頭に迷う」危険性すらあり、「ジャマイカでプロサッカー選手になる。」という「夢」は、ついえたかに思われました。しかし、様々な「奇跡」が重なり、僕は正に「紙一重」で、「Harbour View(ハーバービュー)」への挑戦権を得ました。しかし、残り滞在期間は、あと、わずかに1週間しかありません。しかも、1週間目は、早朝の飛行機でホンジュラスに帰らなくてはいけないため、実質、僕に残された日にちは「6日間」です。あまりにも少な過ぎる、リミット「6日間」…。もう、よほどのことがない限り、ハーバービューとの「契約」は勝ち取れない、大変、厳しい状況……正に「崖っぷち」に追い込まれました。
ここで少し、この「Harbour View(ハーバービュー)」について、どんなチームか簡単に紹介したいと思います。ハーバービューは、ポートモア・ユナイテッドと共に、「ジャマイカ最強チーム」の一つと言われる、カリブ海きっての名門チームです。昨年は、ポートモア・ユナイテッドが「ジャマイカ王者」、そして「カリブ海地区・王者」に輝きましたが、ハーバービューは今年の「ジャマイカ王者」として、現在、カリブ海地区の王者を決める大会で、準決勝まで進出しています。過去には何度か、「CONCACAFチャンピオンズ・カップ」という、北中米カリブ海地区の王者を決める大会にも出場していますし、チームとしての実績は、むしろ、ポートモア・ユナイテッドを凌ぐほど…と言われています。
こんな名門チームに、挑戦するのです。ましてや、リミットは「6日間」しかない…。ポートモア・ユナイテッドを「不採用」になって、悲しんだり、自虐的になってる暇など無いのです。むしろ、僕はポートモア・ユナイテッドにて、自分の実力に対して、ある種の「確信」を感じてましたから、堂々と、胸を張って、自信をもって、ハーバービューに乗り込んでいきました。さあ、「最後の闘い」が始まります。
~~その日の、Yojiの日記には……~~
「2006年12月15日(金)ジャマイカ上陸・23日目。……ついに、ハーバービューの練習参加(入団テスト)が始まった。ここの選手、スタッフ…全ての人が、本当に温かく俺を迎え入れてくれ、涙が出そうなくらい、嬉しい。ここは自分に合っている…。心からそう思えるチームは、あの、マラトン以来だ。おとといまで居たポートモア・ユナイテッドとは、天と地ほどの差がある。土壇場で、本当に良いチームと知り合った。……今日が練習参加初日であるにも関わらず、俺のストレッチングを見ていた選手達が、体の柔らかさに驚き、選手みんなから頼まれ、チームのストレッチングの指揮を執ることになった。…その後は、GKと共にGK練習をした。ハーバービューのGKは若いが、良い素質をもっている。良い刺激になった。……GK練習の後は、U-21チームに入り、パスゲームのゴールを守った。そして、最後は、FW全員のシュートを受けた。…ハーバービューの選手は、明らかに、ポートモア・ユナイテッドの選手より、技術が高い。良い練習になった。そして、俺のスタンス『サッカーを楽しむ。』の通り、とことん練習を楽しんだ。……練習後には監督に『Yoji、ビザの延長をしろ!』と言われた。ジョークだろうが、流れが俺にきていると信じてる。残り『5日間』…。必ず、奇跡を起こす!!!」
ハーバービュー練習参加初日は、正に「最高のスタート」を切りました。素晴らしいサッカー環境、選手の温かい受け入れ、そして、ポートモア・ユナイテッドよりレベルの高い選手達の能力……何より、ここが「自分に合っている!」と感じれたことが大きかった…。こんなに「ビビッ!」と心にきたのは、あのマラトン以来です。
日にちがどんどん過ぎていき、「リミット」が、刻一刻と無くなっていく……。ましてや僕は、旅行でジャマイカに来ているわけではなく、人生を賭けて、ここで「成功」をおさめるために来ているのです。異国の地で、毎日、刻一刻とリミットが無くなっていくたびに、首を絞められるような思いでした。この気持ちは、おそらく経験した者でしか分からないでしょう。この時ほど、「1日の重み」を感じたことは無いです。正に、「時間との闘い」でした…。しかし僕は、あくまでも「自然体」で、のびのび、サッカーを楽しみました。
※ハーバービュー・スタジアム入り口。
※入り口の中に、さらに入り口。
※ハーバービューの、素晴らしいサッカー環境…。ここで練習します。
※スタジアム内から見える、景色。美しいです。
※スタジアムの照明。
※スタジアム敷地内に完備された、クラブ・ハウス。ここで、1週間過ごすこととなりました。
※スタジアム内。
※1週間、ルームメイトとして過ごした、アメリカ人のローレンス。ジャマイカでは、極めて珍しい、白人選手です。僕は、ジャマイカ人の話す英語が、よく理解できないことがたまにあったため、ローレンスに「あんた、ジャマイカ人の英語、理解できるか?」と聞いてみたところ、「実は俺も、たまに理解できないんだ。」と言われました。アメリカ人でも、理解できない英語って一体…?(笑)。ジャマイカ人、恐るべし…。
12月16日(土)……リミットは「5日間」。
~~その日の、Yojiの日記には……~~
「2006年12月16日(土)ジャマイカ上陸・24日目。……この日は、OFF。もう、リミットが『5日間』と迫っていて、一日も無駄にできない状況なのに、OFFで、自分の実力をアピールできない!!……と、思っていたら、コーチに声をかけられ、何人かの若手選手と一緒に、午後16時から練習することになった。……ポートモア・ユナイテッドでの2度目の練習試合の時、実は、ハーバービューのコーチが観戦に来ていたそうだ。驚くべき、事実である。…つまり、『いつ、どこで、誰が見ていて、何がどうチャンスになるかも分からないから、常に全力でプレーしなければならない。』…ということだ。だから今日も、『オマケ』のような練習だったが、しっかり集中してプレーした。……これまでジャマイカに上陸してからの疲労はあるが、それ以上にコンディションと、ボールに対する感覚が最高で、ここにきて、プレーがまた一皮むけた感がある。非常に良い状態だ。……ハーバービューには、ポートモア・ユナイテッドと違い『ここだ!』感じるものがある。心から『ハーバービューでプレーしたい。』と思う。神様……、どうか願いが叶いますように……。」
※スタジアム敷地内から見える、丘、そして、丘に立ち並ぶ家…。美しい光景、素晴らしい環境…。ここで、プレーしたい。何としても…。
※スタジアム内の看板。元ハーバービュー所属で、現在は、イングランド・プレミアリーグの「ボルトン・ワンダーランド」で活躍する、現役ジャマイカ代表キャプテン、リカルド・ガードナー(Ricardo Gardner)…。ハーバービューから、世界の大舞台へ……「夢」は膨らみます。
※ハーバービュー・クラブ・ハウス入り口。
※「素晴らしい環境」と思ったら、こんな光景も……。
※スタジアム敷地内には、こんな銅像も…。これは何!?
※ハーバービューの用具係。洗濯場にて。
※ジャマイカのジュース。「Cola」じゃなくて「Kola」です。
12月17日(日)……リミットは「4日間」。
~~その日の、Yojiの日記には……~~
「2006年12月17日(日)ジャマイカ上陸・25日目。……ハーバービュー練習参加・3日目。今日は何と、ビーチでフィジカル・トレーニングのみ。リミットがもう、目の前まで迫っているので、サッカーして、俺の実力を少しでもアピールしなければならないのだが、ビーチでフィジカルのみとは…。しかし、とにかく、与えられた状況の中で、全力を尽くすしかない!フィジカルは疲れたが、内容的には、レンカのビーチ・フィジカル・トレーニングの方がキツかったから、全く問題無かった。ここでも、ホンジュラスでの経験が生きている。……練習後、監督、コーチに、俺の滞在期間のリミットが迫っていることを話した。監督からは、『明日、GKコーチが来て、Yojiのプレーを見て、今後のことを決める。』と言われた。ここまできたら、もう恐れるものは無いし、やるしかない!!自然体で、自分の力を出し切る。ハーバービューは本当に良いチームで、環境面も気に入っている。心の底から『ハーバービューでプレーしたい。』と思う。……今までの人生も、何だかんだありながらも、結局は自分にとって、ベストな道が開けてきた。とにかく、ただ全力を尽くして、天命を待つ…。」
明日、GKコーチが来て僕のプレーを見て、今後の僕の方向性(契約や、ビザのことなど)を決める…ことになりました。つまり、明日は非常に重要な1日となります。
しかし……。
※ビーチでのトレーニング。椅子に座ってるのは、フィジカル・コーチ。
※ビーチ・トレーニング終了。ポーズを決めるYoji。どんなに難しく、苦しい状況下でも、「笑顔」と「楽しむ」心は失いませんでした。
※ビーチから帰る、ワゴンの中。
※練習後、部屋でくつろぐ、ルームメイトのローレンス。
12月18日(月)……リミットは「3日間」。
GKコーチが来て、僕をテストする、重要な日がやってきましたが…。
~~その日の、Yojiの日記には……~~
「2006年12月18日(月)ジャマイカ上陸・26日目。……ハーバービュー練習参加・4日目。昨日の監督の話では『GKコーチが来てYojiのプレーを見て、今後のことを決める。』とのことだったが、何と、結局、GKコーチは来なかった。嘘だろ!?一体、どういうことだ!?ナメられてるのか!!?……しかし練習には集中し、センタリング・シュート中心のメニューで好守を連発し、ハーバービューのGKとの実力差を証明した。その証拠に、ある選手は『YojiがNo.1GKだ。』と言ってきたし、ミニゲームでは、両チームから『俺達のチームのGKをしてくれ。』と誘われた。選手は俺を認めていた。……GKコーチは来なかったが、誰の目から見ても『Yojiは良いGKだ。』と分かるほどの実力を証明した。しかし練習後、監督もマネージャーも、何も俺に報告しようとせず、素通りして帰ろうとする…。まるで、何事も無かったかのように…。昨日の話は、嘘だったのか!?…マネージャーを呼び止め、聞いたところ『監督に聞いてくれ。』と言う。監督に聞くと『明日こそ、GKコーチが来て、そこで(Yojiの今後を)決める。』と言う…。まるで他人事…。しかも、監督は昨日も同じことを言って、結局、GKコーチは来なかったじゃんか…。人生を賭けてここまでやって来ているだけに、正直、悲しくなった。マネージャーには『俺は真剣に、人生を賭けてここにやって来ているんだ。だからそっちも、真剣に俺を見てくれ!』と訴えた。…ポートモア・ユナイテッドもそうだったが、なぜ、誰も真剣に俺のプレーを見てくれないんだ!?一体、どうすれば良いんだ!!??…自分の実力に確信があり、それだけのプレーをしているだけに、余計にもどかしい……。」
今日は、GKコーチが来て、僕をテストする、重要な1日のはずでした。リミットがもう「3日間」とほとんど無い僕にとっては、「極めて」重要な1日だったのです。何としても、GKコーチに自分の実力をアピールせねばならなかった…。しかし、GKコーチは来なかった上に、監督、マネージャーは約束をスッポカしておいて、それに対する何の説明も無し……。歯がゆかった…。本当に、歯がゆかった……。言葉では説明できないほど、歯がゆかった!!!!!僕は、本当、人生を賭けてここにやって来ています。向こうにも向こうの事情があるのは分かりますし、尊重しますが、どうしてもっと真剣に、僕と向き合ってくれないのか!?僕がいくら真剣に訴えても、ちゃんと聞いてくれないし…。エージェント「的」存在のはずだったロイ・トーマスは不在で、きちんと彼らと交渉できる人物もいない…(ネビル・ベルは仕事が極めて忙しく、もう僕の手助けはできない状況)。しかも、僕のプレーが悪いのならまだしも、どう考えても、ハーバービューのGKより実力が上なことを証明し、選手達もそれを認めているのにも関わらず、なぜだか、ことごとく、「肩透かし」を食わされる、この状況……。それプラス、もう目の前に迫った「リミット」が僕の首を締め付けていきます……。
しかし、もう、「明日こそはGKコーチが来て、Yojiをテストする(監督談)。」という、言葉を信じて、そこに全てを集中させることしか、できないのです。そこでGKコーチを必ず認めさせる…。それしかない!!!
そして、「運命」の日……。
12月19日(火)……リミットは「2日間」!!!もう、日にちが無い!!!!
~~その日の、Yojiの日記には……~~
「2006年12月19日(火)ジャマイカ上陸・27日目。……ハーバービュー練習参加・5日目。今日は午前から練習。昨日の練習には、約束された『GKコーチ』は来なかった。『GKコーチによるテスト』は、今日に持ち越しになっていた。残りリミットを見ても、今日がもう、最後のチャンスと言っても良い。俺の全てを賭けた、『最後の闘い』の日がやってきた…。
………しかし、何と、またしてもGKコーチは来なかった。…練習前『あれ!?GKコーチ来てないじゃん…。』と気付いた。監督からは、一切の説明も無い。…正直、本当にムカついたし、ガッカリしたし、ショックを受けた。なぜ、嘘を付くんだ!?なぜ、真剣に俺と向き合ってくれないんだ!?やりきれない思いに、包まれた。…しかし『どういう状況であれ、全力を尽くす。』という、俺のスタンスは貫いた。GKもフィールド・プレーヤーに混ざってのミニゲームでは、FWに入り、『魂』の2ゴールを決めた。選手はみんな、脱帽していた。『どんな練習でも、どんな状況下でも、俺の実力をアピールしてやろう。』と思っていた。怒りの2ゴールだった。
………その後は、紅白戦を行い、ポートモア・ユナイテッドの時と同様、格下のU-21チームに入り、トップチームに対して、ゴールを守った。ここでも執念で好セーブを連発した。ミスを繰り返すUー21チームにイラ立ったし、PKなど、どうしようもないゴールも決められた。しかし、最後の最後まで、諦めず、自分の全てを出し尽くした。
………午前練習の後、監督から呼び出された。昨日も含め、GKコーチが2度もスッポカしたことについての説明は無かったが、『今日の午後16時に、今度こそGKコーチが来る。そこでGKコーチが、Yojiのテストを行う。』と言われた。『GKコーチが来て、Yojiをテストする。』と言われたのは、これで3度目だ。『今回こそは、さすがに来るだろう。』と思った。今度こそ、本当の本当に、最後の闘いだ…。
………約束の午後16時。まだ、GKコーチは来ていない。…16時半、17時……。まだ来ない。…18時……グランドで待ち続けたが、とうとう、GKコーチはやって来なかった。またしても、スッポカされた。
………信じられなかった。人生を賭けてジャマイカに来ているのに、ことごとく肩透かしを食わされる状況…。昨夜、やっとジャマイカに帰ってきた、エージェント『的』存在のロイ・トーマスに相談するも、全く話は噛み合わなかった。誰にも理解してもらえない、打つ手が全く無く、ただただ時間が過ぎていくのを、指をくわえて待つことしかできない状況…。リミットは今日をあわせて『2日間』だったが、マネージャー曰く、『明日はチーム練習無し。』とのことだ。つまり、今日が最後のチャンスだったのだ。しかし、残ったのは『GKコーチは来なかった。』という事実のみ…。正に『八方塞がり』、『絶体絶命』の大ピンチに追い込まれた。
………そして夜、チームのマネージャーに呼び出された。マネージャーは、『Yojiがいきなり来たので、きちんとした入団テストのメニューが組めなかった。監督は[YojiはGood Keeperだ。]と言ってたが、6日間はあまりにも短過ぎて、契約するかどうかの判断材料がまだ足りない。』と言った。それでも、あさってジャマイカを離れなければならない俺が、今現在で、何かしらの『決断』を求めていることを知り、マネージャーはこう言ってきた。『監督は確かにYojiのことを[Good Keeper]と言っていたが、[Excellent Keeper]とは言ってなかった。外国人GKがジャマイカでプレーするには、ジャマイカ人GKより、桁違いに優れてなければならない。よって、Yojiとは契約できない…。』………(つづく)………」
「不採用」を告げられました。
この時の僕の心境を、言葉で表現することはできません。あまりのやりきれなさに、胸が張り裂けんばかりでした。ハーバービュー合流初日、マネージャーに聞いたところ「監督が(Yojiと契約するかどうか)全て決定する。」と言ってました。つまり「監督次第」…ということです。しかし、練習で技術の高さをアピールし、ハーバービューのGKとの実力差を証明すると、今度は、「GKコーチが全てを決定する。」と言います…。「じゃあ、俺の実力をGKコーチに認めさせれば良いんだな。」と思い、最後の執念を燃やしていましたが、何と何と、GKコーチは3度もスッポカし、「判断材料不足」で、終戦となったのです。
マネージャーの言うことも、理解できます。それは、Jリーグでも、全く外国人GKがいない現状を見ても分かります。しかし、僕の実力が他のジャマイカ人GKに劣ってるのならまだしも、「実力的には、どう考えてもジャマイカ人GKに勝っている。」という確信がありながら、結果が出なかったことは、本当、言葉では言い表せないほど、悲しかったです。
今までの人生の中で、僕は「実力があって、結果が出る。」「実力が無くて、結果が出ない。」……この2種類しかないと思っていましたが、今回は、「実力があって、結果が出ない。」という、初めてのタイプの問題に苦しまされました。もちろん、僕はまだまだ未熟で、足りないものがたくさんあることも自覚してますし、「…そういうのもひっくるめて、結果が出なかったということは、実力が無かったってことだ。」と思われる方も、当然、いらっしゃると思います。しかし僕は、自虐的になれば良いとも思いませんし、また、今回に関しては、ジャマイカで実際に彼らのサッカーを肌で感じ、「現時点の俺でも、ジャマイカでプレーするのに相応しい実力はもっている。」と実感したんです。第3者の意見も尊重しつつ、自分の中の「感覚」も大事にすべきだと僕は思います。
2005年12月に、初めて「プロサッカー選手」という「壁」を超えました。それまでは、僕とプロとの間には、「実力」的に、大きな差、「壁」が存在しました。それはそれは大きな「壁」でした。「実力」という、目に見える、はっきりとした「壁」が存在していたのです。…それに比べて今回のジャマイカ挑戦は、目に見えない、透明な、得体の知れない「壁」に跳ね返された……という、印象でした。自分でも、未だに何が起こったのか分からないくらいです。
~~その日の、Yojiの日記、つづき……~~
「……(つづき)……12月に入ってからは、『成功』できる流れではなかった。得体の知れない流れに飲み込まれ、チーム幹部からは真剣に向き合ってもらえなかったし、正直、途中から、この結果は覚悟していた。しかし、『日本人として、男として、時には[負ける]と分かっていても、やらなければならない時がある…。』と思って、最後の最後まで、可能性が1%でもある限り、150%の力を出し尽くした。そして、日本人らしく、全力を出し切って、堂々と胸を張って散ってやった。
………考えただけでも悲しくなる結果だし、納得できないこともたくさんあるが、これがプロサッカーの世界だ。結果とは裏腹に、今回ジャマイカに来て、自分の実力に対して、確信がもてた。俺の実力は『ジャマイカ国内リーグ最高GK』よりも上だったし、『ジャマイカ最強チーム』の中でも、輝きを放っていた。きっと、今の自分なら、もっともっと良い道が開ける。今回の結果は『ここより、もっと良い場所がある。自分に相応しい場所がある。』という、神様からのお告げだったのかもしれない。
………『日本代表』に向けての挑戦は、まだまだ終わっちゃいない!!!俺はまだ、死んではいない!!!今回、ジャマイカで得た、自分の実力に対する確信を胸に、これからも前に進んでいく……。」
※全てを出し切り、白目をむいて横たわるYoji。
残り滞在期間は、あと2日間。しかし、明日はチーム練習は行われず、監督もコーチも誰も来ない。そして、あさっては、朝4時半に起きて空港に行き、ホンジュラスに向けて出発する……。
つまり………。
リミットは「0日間」。
僕の、ジャマイカでの挑戦は終わった…………
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……………………………
………………………
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………………
……………
…………
……かに、思われました………
…………
………が、
まだ、闘いは終わってはいなかった…。
つづく
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